午後三時二十四分。窓から降り注いでくる光は、背中からはやてを照らした。冬の日
差しは斜めから入り込んできて、部屋の姿を浮き彫りにする。一人舞う埃だとか、はや
てのため息の色だとか。デスクに出来た自分の影、その上にもやもやと湯気でも出てい
るかのような陰影が立ち上っている。煮詰まっている報告書まとめ、うんざりとして出
口のない迷いが外に染み出しているのだろうか、等とはやては考えて唇を歪めた。
 とりあえず、ブラインドでも下ろそうか、そう考え、椅子ごと回ったときだった、来
室を告げる電子音が鳴り響いた。
「はいどうぞー。」
 どうせまた、自分を苦しめる材料が増えるだけだ。そう思うとどうにも投げやりさが
抜けきらなくて、はやては入り口に背を向けたまま入室を許可した。自動ドアが空気の
圧搾音と共に開く。流石に来客の前で、椅子のまま移動してブラインドを下ろすのは不
味い、そう思って立ち上がろうと肘掛に手を置いたところで、声が飛んできた。
「はやて。」
 済んだ声音が耳朶を叩く。振り返ると、そこに立っていたのは金色。日差しの届かな
い場所でも輝く色。手を振りながら歩み寄ってくる彼女の名を、はやては呆然と口にし
た。
「フェイトちゃん、どないしたんいきなり。しかも地上部隊にくるなんて。」
 言いながら腰を浮かしかけると、フェイトはいいよ座ってて、と微笑んではやての眼
前に立った。きっちり着込まれた黒い執務官服が、光に晒されて熱を手にしていく様が
目に鮮やかだった。
「ちょっと、湾岸部の方に用事があってミッドに来たんだ。
 本局には4時までに戻ればいいから。」
 フェイトははやての前髪を撫で上げて目を細めた。はやてはそれを聞きながら、頭の
中で所要時間を換算する。ミッドチルダにある地上部隊から、次元間に浮いている本局
までは2、3の転移装置を経由して二十五分とかそんなものだ。
 今の時刻は、三時二十六分。単純に二十五を足すと、三時五十一分。つまり、四時ま
でにある時間的余裕は九分間だ。
「ちょ、それって、私のところによってる場合と違うんやないの?
 はよ行った方が、―――。」
 言いかけるはやての唇を、フェイトの人差し指が押さえた。片手は肘掛の上のはやて
の手に重なっている。
「少しでも、はやてに会いたかったんだ。」
 囁いて、フェイトははやてと額を触れ合わせた。互いの髪が微かに音を立てて折れ曲
がる。フェイトが居られる時間は九分もない。今また、デジタル時計が一分進めた。こ
こから転移装置のあるフロアまでだって、一分くらいはかかる。一緒に居られる時間は、
引き止めようもなく過ぎていってしまう。
「フェイトちゃんの行動力というか、
 時間節約術には驚かされるばかりやわぁ、もう。」
 はやてはそう零しながら、フェイトの頬に手を添えた。顔にかかる毛を耳にかけさせ
て、耳朶を指先でなぞる。
「フェイト式時間節約術、とかいって本出してみようかな。売れるかな?」
 歯を見せてフェイトが笑う。はやては首をはっきり横に振った。
「絶対売れへん。不良債権になるだけやからやめときって。
 第一、フェイトちゃん作文とかすっごい苦手やったやん。
 六課のときとか、たまに暗号解読みたいやったで。」
 昔手に取った報告書を思い出して、はやてが意地悪く言う。そうすると、フェイトは
不満げに唇を突き出した。
「ええー、それは言いすぎだよ。
 確かに小学校の卒業文集とか見返したら、何言いたいのかよくわかんなかったけど。」
 ほらやっぱり、とはやてが破顔した。そんな間にも、時計が進んだ時間を示してくる。
はやては肘掛の上で重ねられたフェイトの手と、指を絡めさせた。
「なあに?」
 その仕草に、フェイトがくすぐったそうに言う。
「んー、えっとなあー、そのなあ。」
 言葉を探す振りをしながら、はやてがちょっと身を乗り出した。頬に触れていた手を、
金髪の中に滑り込ませて。
 フェイトと目が合った。赤い瞳が、純真にはやてを見詰める。何するつもりか分かっ
ていないって、そう言っているけれど、本当は違うってはやては知ってる。分からない
振り。だからはやても、知られていない振りをして、ちょっとだけ腰を浮かせて、はや
てはフェイトに口付けた。