雨が行く手のアスファルトの上で跳ねていた。 弾けた雨粒ははやての足元を濡らし、 手に提げたスーパーのビニル袋にも水滴が付く。 傘を叩く雨音と共に、纏わり付くような空気がずっと肌を取り巻いていた。 見上げた曇天はくすんでいる。 その下で、洗い流された街路樹が、濃い緑の葉を輝かせていた。 薄暗い中、木々と雨粒だけが光を湛えている。 「はやて、寒くない?」 穏やかな声がはやての耳朶を叩いた。 隣を振り返ると、同じように傘を差した人がはやてを窺うように見つめていた。 赤い瞳の表面に雨垂れが照り映える。 「大丈夫やよ。 ちょっと湿気っぽいんがいややけど。」 はやてがそう答えると、フェイトも眉を垂らして肯定した。 降り積もった桜のガクすら幾日も前に流れ去り、 眩いばかりだった草木の芽吹きも色を深くしているこの頃、 雨は清廉な冷たさではなく、微温湯のような温度を持っていた。 空気の中をもがいているような気さえしてくる湿気は、 冬の寒さの方が好ましいものであったのではないかとはやてに思わせる。 「もうすぐ梅雨だからね。 それとも、もう梅雨なのかな?」 口元に手をあてるのは、フェイトが考え事をするときに良く見せる仕草だ。 はやては唇に触れるその細く白い指先を見上げた。 「どうなんやろ。 台風一号が近づいてるとかなんとか言ってた気はするけど、 それと関係あるんかなぁ。」 はやてが呟くと、フェイトは台風、と一言繰り返してから空を仰いだ。 金髪が肩口を滑る。 少し濡れた毛先は艶をより強くしていた。 「ゴールデンウィーク明けたばっかりで、 台風って来るものだっけ?」 台風の到来は毎年のことだけれど、気づけば記憶は曖昧だ。 その脆い糸を手繰り寄せながら話すフェイトに、はやても曖昧に返事をした。 「そんなん覚えとらへんって。」 そうだよね、とフェイトは頷くと、前を向いた。 信号の手前、歩道には大きな水溜りが出来ていた。 道いっぱいに小さな池のように広がる泥のたまった茶色の水面に、 乱雑に落ちる雨が飲まれていく。 二人は道の左右に分かれた。 はやては道路側の縁石の上を歩く。 車道との間にはつつじが咲き誇っていて、スカートから伸びるはやての足をくすぐった。 フェイトは側溝の傍で、なるべく水位が低いところを爪先立ちで跳ねるように歩く。 ペットボトルが入った重たい袋を抱えている割に軽快なリズムで、 先に横断歩道にたどりついたはやてに追いつくと、 フェイトは隣に並んでまだ赤い信号を見上げた。 「そういえば、あと一ヶ月しないで、はやての誕生日だよね。 なにほしい?」 はやては「え?」と声を上げた。 フェイトは上機嫌に微笑んで問いかける。 「こういうのは聞かないほうが驚きとかあっていいかなあっては思うんだけど。 参考までに、ね?」 言葉と共に首を傾げると、それは子供っぽい表情と相まってはやての頬を赤くさせた。 はやては即座にフェイトから顔を背けると、口の中で小さく、 なんなんその顔、とぼやいた。 それが聞こえていないフェイトは、はやての顔を覗き込みながら尚も尋ねる。 「新しい家、とか言われたらちょっと無理だけど、教えるだけ教えてよ。 やっぱりこの前ずっと見てたバッグとか?」 こいつよく人のこと見とるな、とはやては内心思って、でも否定も肯定もしなかった。 ねえねえ、とフェイトがだんまりを決め込んだはやてをせっついてくるが、 はやては鉄の意志で無視を決め込む。 「ほら、つまらないこと言うてないで、信号変わったから行こ。」 そっけなく言うと、はやてはフェイトを振り切るように横断歩道を渡りだす。 「もう、はやてってば。」 唇を尖らせて不満そうに言い、フェイトが半歩遅れてついてくる。 はやては肩越しにフェイトを振り返ると、スーパーの袋ごとフェイトの手を掴んだ。 振り返った先、曇天と明るい色の傘と降り注ぐ雨の中、 フェイトははやてと目が合うと、眩しいくらいの笑顔を零した。