雨に濡れたせいか、降り続く雨のせいか。 帰宅した後にも、湿気が纏わりつくようで居心地が悪かった。 スーパーで買ってきたものをしまい、ふと台所の曇りガラスを見れば、 幾つもの雨粒が外で震えていた。 家を包むようにそこかしこで跳ね回る雨の音が絶え間なく続いている。 はやては少し息をつくと、雨にかすかに濡れた毛先を耳にかけ、 冷たいフローリングの上を歩いた。 床の上にまで、湿気が蟠っているような、そんな心地がした。 「ほら、ちゃんと髪拭いたんかー?」 リビングに歩み入りながら、ソファに座ってタオルを頭から被っている人に声を掛ける。 彼女は振り返ると、思い出したようにタオルで頭を撫でた。 「あ、うん。 拭いてる拭いてる。」 その間延びした返事に、はやては片眉を上げた。 「めっちゃただぼーっと座ってただけやろ。 ほんましゃあないんやから、フェイトちゃんは。」 言ってはやては肩を竦めると、ソファの肘掛に膝で乗り、 フェイトの頭を覆うタオルに手をかけた。 白いタオルの下で、フェイトがはやてを見上げる。 「ありがとう、荷物しまってくれて。」 はやては薄く唇を開くと、目元を緩めた。 「まあ、良いってことよ。 ふぉっふぉっ。」 歯を見せて笑うと、フェイトが可笑しそうに目を細めた。 思ったよりフェイトの髪が濡れていたから、 早くタオルと仲良くなりなさい、とソファに押し込んだのははやてだ。 はやては手を伸ばし、フェイトの髪に触れる。 少ししっとりしているが及第点だろう。 髪を指に絡め、そうして梳かすように掌の上で流れさせていく。 「はやては濡れてない? 寒くない?」 小首を傾げて問いかける仕草で、フェイトがはやてを見つめる。 その仕草が癖だと気付いたのは中学生の頃だ。 フェイトはきっと未だに気付いていないから、はやても言わない。 「大丈夫やよ。 私、フェイトちゃんよりコンパクトやし。」 気付いてその癖を直されてしまいたくないから。 心配して見つめてくるときのその表情がすき。 ふざけた様に言うはやてに、フェイトは「そっか、ならよかった。」と頷いた。 でも少し、肌に纏わりつく湿気が嫌だから、 ちょっと身震いしてフェイトの首に腕を回した。 「でも、ちょっと寒いねん。 せやから、私専属の毛布に就職してください、フェイトさん。」 答えも聞かずにはやてはフェイトの膝の上に座り込み、胸に顔を埋めた。 「ちょっと湿った毛布ですが、それでよければ。」 調子を合わせてフェイトが答え、はやての背を暖かい掌で包む。 そこから伝わってくる熱が本当にあたたかくて、 はやては嘘じゃなくちょっと寒かったんだな、と実感した。 胸に耳を当てると、フェイトの心臓の音が聞こえた。 一定のリズムで、こん、こんと脈打っている。 穏やかな呼吸を感じた。 「ねえ、はやて。」 フェイトがはやてを呼ぶ。 答えるのも億劫で、はやては返事の代わりに腕の中で身じろぎする。 ここが自分の特等席。 誰にも言わないけれど、心の中ではいつもそう思っている。 「さっきの続きだけど、誕生日プレゼントなにがいい?」 フェイトの今日何度目か知れない問い。 それに、はやては思わず顔を歪めた。 「またそれ。」 流石に不機嫌な声が口の隙間から出てしまう。 すると、フェイトはやや情けない声音で言う。 「参考までにだって。 教えてよー・・・。」 フェイトが自分を見たのが、はやてにはわかった。 だが、顔は上げない。 上げたらきっと、困ったフェイトの顔に負けてしまうから。 根気という意味では、そろそろ負けてしまいそうだけれど。 「もうええやんか、そんなん。」 ため息混じりに呟くと、フェイトが抗議を上げた。 「ええー、よくないよお。 ねえ、一個でいいからさ、お願い。」 ああ、必殺技・お願いが出た、とはやては内心で深くため息をついた。 あまりフェイトが言う言葉ではないけれど、 フェイトの言い方はなんだか人を、お願いされてしまいたくなる気分にさせる効果がある。 自分だけかも知れないけれど、と注釈をつけると、 ただ自分がフェイトに甘いだけな気がしてしまうけれど。 でも、やっぱりなんだか素直に答えたくはなかった。 だってフェイトは鈍感すぎる、とはやては思う。 「・・・私、毛布ほしいねん。」 ぽつりと呟いた言葉に、フェイトが静止した。 「え、この時期に、毛布・・・? 来シーズンを待ったら?」 ほら本当に鈍感だ、とはやては落胆する。 どうして雨の日にわざわざ歩いてスーパーに行きたがったのかとか、 どうして広い室内でわざわざフェイトの膝に座っているのかとか、 いろいろ、この人はわかっていない。 でも、フェイトはううう・・、とうなり声を上げて悩み始めてしまっている。 馬鹿に正直で、それが可笑しくて。 そういうところがやっぱり好きだから、少しだけヒントをあげる。 「なあ、ちょっと寒いねんけど。 私専属の毛布さん、もっと頑張ってくれへん?」 少し不機嫌さを含んだトーンで零して、はやてはフェイトにしがみついて丸くなる。 フェイトの反応は、一秒遅かった。 一秒遅れて、フェイトの腕がはやてを抱き締める。 そうして、やわらかい優しい声がはやての上に降って来る。 たった一言、小さな返事が。 「うん。」 その暖かさと音色に満足すると、はやては目を閉じた。 誰にも言わないけれど。 一緒に居てくれることが、何より一番嬉しい。