何もかも流れていくみたいだ。
 大粒の雨が屋根を、壁を、家を叩き、街中全てをこの空の下の全てを押し流そうとして
いる。耳の奥に響く雨音は銃声で、一粒一粒が心臓を射抜いていく。
「みたいな感じ?」
 フローリングの床に寝っ転がって、フェイトはソファに腰掛けているはやてを振り返っ
た。お菓子作りの本を眺めていたはやては、オールバターショートブレッドのページを見
ながら応えた。
「なんや、暗くない?
 そのポエム。」
 そうかな、とフェイトが片眉を上げて床に伸びた。広がる金色の髪が溶けたバターみた
いで、はやては作るお菓子をオールバターショートブレッドに決めた。食べたことはない
けれど、レシピを見る限りでは簡単な割においしそうだった。太りそうな気もするけれど。
「雨粒が跳ねて遊んでるみたいやね、とかそんなのでええやんか。
 雨なんやし。」
 はやてがちらりとフェイトを一瞥すると、不信感の籠ったフェイトの視線と出会った。
「随分激しい遊びだよね。」
 思わずはやてが押し黙ると、その間隙を瀑布かのような音が埋めた。
 台風だった。
「だってー、台風でとてもやないけど外に出られへんのに、
 なんもそんなネクラなポエム読まなくたってええやんかー。」
 ぶーぶー、という擬態語が聞こえてきそうな程に不満げに、はやては足をばたばた言わ
せた。時刻は昼の一時だけれど、あまりの暴風雨の為に、雨戸は全て閉め切っていて、家
の中は真っ暗だ。電灯の白い光が寒々しい。
「凄い雨なんだから仕方ないじゃない。
 こんな日にピクニック気分になんてなれないよ。」
 珍しくへそを曲げて、フェイトが不満げに零した。はやては嘆息すると、ソファから腰
を上げた。そして、溶けたバターの隣に立って、足先で脇腹をつついた。
「もー、雨やからって拗ねるんやないの。
 お子様なんやから。」
 指先を動かしてくすぐると、フェイトが不格好に唇を引き結びながら、逃れるように床
を転がった。
「拗ねてないもーん。」
 つれない態度でそういうと、フェイトはもう一回転して転がっていたクッションにしが
みついた。顔を半ばまでふわふわのクッションに埋めて、はやてを見上げる。所謂上目遣
いだ。拗ね腐った顔だけど。
「ふーん、拗ねてないんやなぁ?」
 はやては意地悪く口角を歪めた。そして、
「とりゃっ!」
と気合い一閃、フェイトの上に乗っかると、脇腹をくすぐり出した。
「ちょ、はやて!!」
 フェイトが身を捩って逃げるが、はやてはマウントポジションを既に取っていた。
「ははははは! 拗ねてないんなら笑えー!!」
 高らかに言い放ちながら、はやてはフェイトをくすぐり続ける。
「は、はやっ! も、やめてって、ばっ!」
 笑い死ぬまいとフェイトが気合いで腹筋を押さえつけながら抵抗を試みる。だが、大家
族八神家で鍛えたはやてのくすぐりテクニックはフェイトには破れない。
「えー? なーに、聞こえへんあ?
 なになに、もうちょっとはっきり言うてくれへん?」
 ずりずり這い出そうとするフェイトは、もう息も絶え絶えだった。耳も顔も真っ赤で、
面白いくらいに震えている。
「も・・、だめだって、はやて!
 あっ、・・あっは、 ははははははは!!」
 とうとうこらえきれなくなって、フェイトは腹を抱えて笑い出した。半泣きだったけれ
ど、はやてはそれを見ると満足して、くすぐるのをやめた。そして、フェイトの首に腕を
回して隣に寝っ転がる。笑い疲れたフェイトはひーひー言っていた。
「はーい、じゃあ、ポエムのリテイク言ってみよか?」
 長い髪の中に手を入れて、はやてはフェイトの顔を自分の方に向けさせた。フェイトは
目尻に浮いた涙を手で擦りながら、跳ねた息で言った。
「雨粒がみんなで仲良く遊んでいるみたいだね。」
 はやてはフェイトの額に自分の額を合わせると、にっこり笑った。
「よっしゃ、合格!」
 フェイトが嬉しそうに目を細めて、ぎゅっとはやてを抱きしめ返した。