ほっぺたに触れると、はやてがくすぐったそうに目を細めた。
うれしくて思わず口元が解けてしまうと、はやてがほのかに笑い声を漏らす。
頬のラインを辿って、右手ではやての耳の裏に指先を伸ばす。
そうしたら、はやては首を少しだけ縮こまらせた。
はやての人差し指が私の鼻の頭を掠める。
こら、って唇で言うと、はやては舌を出して笑った。
親指の腹で、はやての下唇を軽く押す。
微かに触れるはやての息遣い。
奥に光を灯した瞳が私を見上げた。
はやて。
声には乗せず、私はまるで自然に、はやてへと唇を寄せた。
その時。
「はーい、現実逃避しゅーりょー!」
私の口を塞いだのは、はやての左手だった。
「え、ええー。そんなぁ。」
思わず不満の声を上げると、はやては鼻を鳴らした。
「捨てられた子犬みたいな顔してもだーめーでーすー。
 現実を見つめて下さーい。」
そんなこと、言われても。
見つめたくない現実だって世の中にはあるんだから仕方ないじゃない。
「はやてだって、途中まで本気だったくせに。」
「そら、逃避して本気でこのせちがらーい現実から逃げられるなら、なんだってするけど?」
いつになく嫌味ったらしい言い回し。
ああ、はやても相当参ってるんだ。
まあそれもそうだよね。
肩を落とすと、いつもよりあまりに重い左手がはやての右手と一緒にゴン、
と音を立てて床に落ちた。
「なあ、なんか解決策ないん?」
はやてが自分の右手を見下ろして言う。
「あったらたぶん10時間前に教えて、今頃家でティータイムだね。」
はあああぁぁ・・・、ってこれ見よがしに大きい溜め息を吐くなあ、もう。
私だって、溜め息を吐きたいのを我慢しているのに。
「どうしたって、魔力の発動と魔法の発動には有限時間のタイムラグがあるんだから仕方ないよ。
 お互い、肘ぐらいまでなくなるのを覚悟して、
 タイムアタック掛ける覚悟があるなら・・・まあ、考えなくはないけど。」
肩をずっこけさせたはやてが、ぼんやりと呟いた。
「腕、くっつくかな。」
単純に切断された程度なら、十分くっつける技術はある。
けど、この場合はどうだろう。
「牛のミンチをステーキに戻せるんなら、くっつくんじゃない?」
「うっわ、グロ。」
垂れたはやての頭が私の左肩に当たる。
はやての右手と私の左手の距離は5センチメートル。
間には腕を取り巻く金属の塊。
中身は魔力発動を契機に作動する爆発物。
要はつまり、法律的には限りなくブラックな人権侵害甚だしい、
対魔導師用の手錠を揃って嵌められているというわけで、その。ね。
「どうしよっか、はやて。」
「もうしらへん。」
はやての声は、今の私達の状況を悪の組織の人質になった、
と説明するよりももっとずっと平べったかった。