雨の音がずっと耳を打っていた。黒々と広がる夜が、窓にフェイトの姿を映した。室
内の光を反射し佇む雨粒に、その輪郭は歪んでは時折流れ落ちる。外気との温度差で曇
った硝子を手で拭いて、フェイトは外の景色に目を凝らした。ビルの上階にあるここか
らは、街並みの灯す幾つもの光を見下ろすことができる。闇に紛れて不鮮明な存在は、
そこに降り続ける雨音の中に浮かび上がった。
 地上部隊はいいな、とフェイトは思う。本局勤めを希望したのは自分だけれど、やは
り窓を見やればすぐに広々とした景色を目に出来るのはいいし、こうやって雨音を聞い
て、それに身を委ねることは、次元航行船である本局では叶わない。フェイトは窓の桟
に肘をついて、窓をぽつぽつと叩く雨を、その先に霞む夜を見詰める。
 室内に電子音が響き渡った。耳を突く音に、フェイトは体を起こすとすぐに答える。
「どうぞ。」
 来客者を迎えるため、ドアが開いた。
 満面の笑みを浮かべる来客者を見て、しかしフェイトは動きを止めた。彼女は唇を緩
やかに綻ばせ、穏やかに紡ぐ。
「久しぶり。」
 澄んだ声がひっそりと耳の裏に響く雨音と馴染んで、フェイトの耳朶を叩いた。自分
の方へまっすぐ歩み寄ってくる彼女を見て、フェイトは目を細める。
「久しぶりだね。」
 軽く首を傾げると、その肩を長い髪が流れた。彼女はデスクの脇をすり抜けて、フェ
イトの隣に立つ。
「今回は何処に行っとったんやっけ?」
 彼女はそう訪ねながら、フェイトの髪に手を伸ばす。頭を撫で、髪を梳くように指を
滑らせ、毛先へと辿る。
「遠い所。
 海ばっかり広がってる、ちょっと寂しい場所。」
 答える間にも、彼女は繰り返しフェイトの髪を撫でた。時折、眉尻や頬に親指で触れ
て。耳の裏を中指で撫でると、くすぐったそうにフェイトが身を竦める。細められた瞳
が少し懐かしい。
「そう。」
 軽く目を伏せて、彼女は相槌を打つ。その手はフェイトの額に触れて、前髪を掻き揚
げた。晒された額は白く、見上げてくる眼差しと相俟って、フェイトの印象を幼くする。
「寂しかったん?」
 フェイトは微かに頷いた。見渡す限りの海原に、足をつけるような場所はなくて。方
角を見失いそうなまでの青は深みを宿して黒く。快晴の空と海の間には自分一人しかい
なくて。
「寂しかったよ。」
 そう言うと、彼女は身を屈めて、フェイトの額に自分の額を触れ合わせた。互いの瞳
が間近にある。彼女は笑うように言う。
「私が居なかったから?」
 フェイトの唇から、小さな笑い声が漏れる。
「うん。」
 彼女は微笑んで、歌うように言った。
「私に会いたかった?」
 フェイトは小さく答えた。
「うん、はやてに会いたかった。」