桜はなんとなく、冷たい色をしている。
 そう言ったら怒られるだろうか。冬の間、ただ黒い幹からその枝を薄青く高く晴れた空に伸ばし
続ける姿ばかり焼き付けていた目には、まるで突然現れたあまりにあざやかな花なのに。淡く透け
るような微かな花色は、氷に散らした色のように見える。
「週末の雨でもう散ってしまうんやって。」
 はやてが滑らかにそう紡いだ。肩を並べて二人で歩く、学校沿いの並木道。風に触れられた花び
らが降る通りを見通して、フェイトは僅かに頷いた。
「短いよね、桜の季節って。」
 体を吹き抜ける春の匂いに、フェイトは目を細める。濃い青の空で雲は低くて、満開の花をつけ
た桜とのコントラストはなんとなく不思議だった。
「そうやね。
 わっ、と咲くのはいいんやけど、一気に散ってしまうし。
 ちょっと寂しいか知れへんね。」
 何が不思議なのか、桜が咲くのを見るのは3回目だけれどまだ判らないでいる。舞落ちる花びら
を待つように手を出すはやてと、同じ眼差しで桜を見ることも、多分きっとまだ出来ない。喜んで
いるようで、懐かしんでいるようで、でも微かに悲しんでいる様な目で。
「もうちょっと見ていたいよね。」
 花びらの一枚が滑らかに風に乗り、はやての肩に降りた。その時だけ、冷たさを淡い赤のような
仄かな色で染めた花が少しだけ、柔らかな春を香らせた気がした。