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 温かい首筋から零れる熱い液体が、喉の奥を流れ落ちていく。
「ぁ・・・はっ、・・・。」
 耳元を彼女の流した喘ぎが零れ落ちていく。
 震える手が服の脇に、背中に縋り付いている。彼女の全身が小刻みに揺らいでいるような気がす
る、けれど、はやては白い肌に深々と突き立てた牙を抜き去ってやれなかった。唇に触れる体温と、
鼻腔を満たす彼女の体の芳香が牙を絡め取って離さない。後頭部に回した腕さえ、彼女の金色の髪
に捕まってしまった。だから、彼女を解放してやれない。
「はやて、・・わ、たし・・・。」
 腕の中で彼女は頭を仰け反らせ、口腔内で牙が肉を切り裂いたのを感じた。生きている肉が千切
れて、また新しい血液が溢れ出す。はやては唇を動かして、舌を伸ばして、赤く錆びた液体を飲み
込んだ。喉を大きく鳴らしたとき、彼女が息を呑むのが聞こえた。同時に、ベッドのスプリングが
悲鳴を上げるのも、聞こえた。けれど、この快感を止められない。
「う、・・・っ。」
 押さえつけた体から、押し付け合った胸から彼女の鼓動がはやての心臓に響いてくる。熱っぽい
息遣いが嬌声となって染み込んで来る。ぢゅ、と口の端から溢れてしまいそうになった血をすすっ
たら、みっともない音が立った。その音色が忘れられなくて、はしたなく音を撒き散らしながら彼
女の生をすする。彼女の背中が震えた。
「・・あ、はや・・・・はっ。」
 腰から背中を伝って頭まで、じわっと熱いものが走る。彼女の白い肌に自分の唇を押し当てて、
口の中に彼女の熱を感じて、牙を通して彼女の外面を突き破って、喉を通して彼女の中身を飲み込
んでいく。食堂を通り、胃の奥へ、体の奥へと彼女が流れ込んでくる。彼女の金髪に埋めた左手の
中で、その金糸が手折れた。
「も、やめて・・よ。わたし、あ、明日、仕事がある、からっ。」
 細い彼女の指先が、自己主張してはやての服の裾を引いた。答える時間がもったいなくて、はや
ては彼女をますますベッドに沈めた。か細い悲鳴が途切れる。彼女の髪の毛から零れる香りが血液
の匂いと入り交じる。はやては牙を食い込ませる為に、顎に力を込めた。肉が切れるやわらかさが
たまらなかった。
 息が粗くなっていることを自覚している。そして、彼女が口では拒絶しても、手は本気ではやて
を押しのけない訳を知っている。それは蚊に刺されている時に痛まず、後にそこが腫れるのに似て
いるだろう。ただ不快ではなくそれとは逆の、人間でいう快感を覚えている筈だ。だから、彼女の
腕はなかなか力を持っては動かない。
「はやて・・・、やめて、よ。」
 無視して、はやては傷口から血を吸い出して、大きく喉を鳴らして血を飲み込んだ。
「っ―――――――。」
 はやての下で、彼女の体が仰け反った。
 牙を離し、舌先で傷口を舐める。ベッドサイドのランプで、唾液が光っていた。血が混じって濁
った唾液だ。
 そうして、はやては初めてフェイトの顔を見下ろした。
 今朝置き抜けたままの乱れたベッドの上に、金髪が波紋を作り出している。それは汗ばんだフェ
イトの肌に張り付いて、岩場で砕ける白波さえ作り出していた。髪が海ならばきっと、赤らんだ頬
は夕日に晒されているのだろう。右手の甲で顔の半分を覆っているフェイトの、伏せられた左目が
その夕日だ。同じ、透けるような熱い赤をしている。
「私、まだお腹空いてんねんけど。」
 右手を伸ばし、フェイトの首筋に開いた穴に触れる。絡んだ唾液が血液の流れを緩やかに変え、
人差し指と中指についた。
「指でいじったら、痛いよ。」
 息を大きく吸い込んで、フェイトはやっとそれだけを言った。やわらかい二つの胸が、大きく上
下する胸腔で揺れていた。壁掛け時計の規則正しい音が、夜半の寝室を打つ。外から響いて来るの
はぼんやりとした秋の虫の声だ。鈴虫が軽やかに鳴いている。
 はやては天井を見上げた。短い髪が耳を掠めた。
「なぁ、フェイトちゃん。」
 左手をはやてはフェイトの胸の上に滑らせた。寝る前のフェイトは薄着で、薄らとその形が透け
ている。
「なに?」
 右手の中指に半ば隠れたフェイトの赤い瞳が、はやての方へと滑った。息がふ、と止まって、細
い睫が光彩を放つ。明るいその瞳の色に映った自分の姿を認めながら、はやては人差し指で小さな
胸の先をなぞる。
「こういうんが、気持ちええんよね。」
 目を伏せて、フェイトは微かに唇に歯を立てた。耳まで赤くなった顔から、はやては肯定を汲み
取る。
「続き、も、していい?」
 唇に笑みを引いて、鼻先をフェイトの頬に近づけて、熱い息をフェイトの耳に囁いた。指がフェ
イトの胸を撫でる。
 やわらかなフェイトの唇が微かに開いた。
「だめ。」
 そう告げると、フェイトははやての顔を見ないで、はやての肩を押した。長い髪がさざ波となっ
てその背を流れ、見る間にフェイトは体を起こす。
「えー、そんなぁ。
 私が餓死してもええの? フェイトちゃんのいけずっ。」
 肩を押してきたフェイトの手を捕まえて、はやてはぶすっと唇を突き出した。ランプの橙色の明
かりがうすぼんやりとした大きな影を白い壁に投げかけている。その陰影はフェイトの頬にも同じ
ように流れ込んでいた。
「そんなこと言って、この前、危うく救急車呼ぶところだったのに。」
 珍しく不満げに目を細めるフェイトに、はやてはあらぬ方向へ視線を飛ばした。室内灯のカバー
が汚れているから、明日当たり掃除しよう、とかなんとか思う。
「はやてってホント、食い意地張ってるよね。」
 笑みを滲ませて小さく呟くと、フェイトは右手で首筋を抑え足を床に下ろした。自分のことをま
だ膝の上に載せたままで器用だな、なんてはやてが眺めていると、フェイトと目が合った。白いな
めらかな肌にうっすらと夜の静けさが佇んでいる。
「絆創膏取りにいくから、降りて、はやて。」
 耳の奥に静寂がいつも鳴り響いている。遠くから響いてきた自動二輪の排気音に、はやてはそう
思った。そうして、馬鹿馬鹿しいとわかりながら、いたずらに意地の悪い言葉を紡ぐ。
「えー、私のこと置いてってまうの?」
 馬鹿馬鹿しい。心中で再び悪態をついて、それでもフェイトの顔色は変わった。いつも大抵のこ
とを隠し立てせず、嬉しいなら嬉しいと素直に顔に出す彼女は、こういうとき最もわかりやすい。
フェイトは呆れたように口を歪ませた。
「そんな捨てられた子犬みたいな目、しないでよ。」
 諦めた風に彼女が外した右手をはやては絡めとった。掌に付いた血の染みを舌で舐める。掌紋や
爪の間に入り込んだ一粒も残さないように丹念に舌を伸ばして。
「私、怪我してる犬を拾ったつもり、だったんだけど・・な。」
 左手を後ろについて、顔を伏せたままでフェイトが呟いた。
「雨の日、やったっけ。」
 舌を広げて、掌の真ん中を舐め上げるとフェイトの手に力が籠る。息のリズムが変化する。衣擦
れに目を向けると、フェイトはシーツを握り締めていた。
「うん、あの・・・目の前の公園で、さ。」
 指の間も、爪の先も唾液がまとわりついている。はやては腕を伝って、フェイトの頬に手を伸ば
した。淵に涙の溜まった目が、はやてを見上げた。薄ら滲んだ汗から、フェイトの匂いがする。
「それがまさか、こーんなかわいい吸血鬼さんやったなんて、驚いた?」
 はやてが首を傾げてみせると、フェイトは笑みを浮かばせた。
「自分で言うんだから、世話ないよね。」
 フェイトの頭を引き寄せて、はやては喉元に舌を這わせた。水音を立てて、顔に向かって舐めて
いく。まだ牙は立てない。抱きしめたフェイトの腕が微かに跳ねるのを感じている。
「そ、手間がかからんくてええペットやろ?
 炊事洗濯なんでも出来て、そのうえ食費はただ同然やん。
 お買い得やで。」
 何言ってるんだか、力の抜けた声が降ってきた。
 はやては首に思い切り噛み付いた。文字では表せない濁った呻きが一声、フェイトの口から上が
る。さっきよりももっと上の方、頬にフェイトの耳たぶが触れる。深く開けた傷穴を口に含み、は
やてはフェイトの体内から血を吸い上げる。
「う、あっ・・・あぁっ。」
 縋り付くフェイトの腕がはやての背に回った。
「はや・・・っ、あ、っぅ。」
 泣き出して、嗚咽が詰まって、苦しんでいるかのような声を、フェイトが零す。コップの中の水
を一気飲みするように、はやては喉を幾度となく大きく鳴らす。頭の中に満ちるこの音は、恐らく
フェイトにも聞こえているだろう。遠慮なく体から血液を吸い出される感覚がいかなるものか、背
中を掴むフェイトの手の力だけが強くなる。
 まだ足りない。まだ喉が渇いている。
 ご、と喉が低い音を打ち鳴らす。吸い出した血液が口の中に溢れ、歯に絡んで舌の根までを覆っ
ても、鼻の奥深くにまで錆びた匂いが充満しても、まだ足りない。
 ふ、と息を吐き出して、もう一度力を込めて傷口から血をすすりだした。
「うぁぁぁ、・・・あ・・あああ。」
 鼻先を擦り抜けるような声を漏らして、フェイトの体から力が抜ける。ベッドの縁に腰掛けてい
た体は滑って、膝に載っていたはやてごと床に落ちた。首を反らせ、フェイトはベッドに頭を預け
て天井を仰ぐ。体が痙攣のように、吸血に合わせて跳ねた。
 口を離し、はやてはフェイトの頤を舐めた。左腕で抱え込むようにフェイトの頭をそのまま、仰
向かせたままに抑える。そうして、浮き立っている気管に沿って牙の先を這わせた。
「・・ただ同然って・・・ほんとかな。」
 フェイトがはやての腕の下から、はやてを見上げていた。顔の半ばまで掛かった影の中で、赤い
左目がはやてを映して揺らいでいる。
「同然やろ、たぶん。」
 今日はもう少し飲んでも大丈夫そうだ、なんてそんな判断を勝手に下した。指で首に薄らと浮か
んだ青い血管を辿る。首の付け根と耳の傍に穴が幾つもあいていて、表皮を超えて真皮が見えた。
その穴からは血がしみ出してきて、唾液と混じって震えている。
「そう・・・かなぁ、私、前よりも頑張って鉄分取らされてるような気が、するけど。」
 首の付け根に開いた穴の一つに、はやては人差し指で触れた。
「気のせいやろ。」
 傷穴から血をすくいあげて口に含む。人がこの味をどう感じるのかは知らないけれど、止められ
ない味だとはやては評する。かっぱえびせんのようなものだ、はやてにはそちらは理解できないけ
れど。
「でも、血を吸われても吸血鬼にならないん、だね。
 本の中だと、そうなのに。」
 フェイトの言葉に、はやては少しだけ笑い出しそうになった。
 そして、フェイトの顔を覗き込む。
「えー、なに、フェイトちゃんも仲間入りしたいん?
 今なら入会料無料キャンペーン実施中やで。」
 フェイトは吹き出して、笑った。
「なにそれ、うさんくさいよ。」
 腕を伸ばして、フェイトははやての頬を親指で押した。
「全然うさんくさないよ。
 ただ、退会は出来へんけどなぁーうっひょっひょっひょ。」
 うさんくさく肩を揺すってはやてが笑ってみせると、フェイトが口を開けて笑う。
「うわー、ブラック企業だ。
 引っかからないように気をつけなきゃ。
 ただほど安いものはないんだから。」
「それを言うなら、高いものやろ。」
 素で間違えたのか、はやての滑らかな突っ込みに、フェイトは頬を染めた。今の無し、そう呻い
て首を巡らせた。その顔が窓の方を向いて止まる。閉め切らなかった厚手のカーテンの間を、フェ
イトの眼差しが捉えていた。
 整った横顔をはやては見下ろした。
 壁掛け時計の長針が時を刻んだ。
「なぁ、同じに、なってくれる?」
 窓の外に何があるか、はやては知っている。サイドテーブルからの明かりをも貫く、青白い光。
フェイトが眼窩の目を動かして、はやてを中心に据えた。
 呼吸に合わせて、フェイトの胸が上下していた。フェイトの双眸がはやてを見つめた。
「はやてが、私を選んでくれるなら。
 私は、全部あげるよ。」
 真紅の目に、自分の姿が宿っているのを見た。
 そうして、馬鹿馬鹿しくって、はやては嗤った。
「あほ。はっずいわ、その台詞。」
 腕でフェイトの肩をベッドに押さえつけて、はやてはフェイトの喉に牙を突き刺した。フェイト
は咳き込んだけれど、知らないフリをして血を舐める。肩を押す腕も無視する。血の出が悪かった
から、顎を掴んで顔の向きを変えさせた。そして、顔のすぐ傍、やわらかい肉を裂いてまた、新し
い傷口からの血を啜った。
「う、」
 鈍い呻き声が耳に流れ込んだ。周りの皮膚が赤く変色するくらいに強く血を吸い出して、喉から
胃の奥へ血液を飲み込む。
「――――――っ。」
 フェイトの右腕が自らの頭を抱え込んだ。もがくように身を捩るその首筋を、はやては右手で撫
でた。掌と指につけた三カ所の傷口から滲む血が馴染む。後でそれも舐めよう、思いながらぢゅと
唇で汚い音を立てる。この液体の温かさが良い。フェイトが息を呑むのもわかる、この距離が良い。
ただ、こんな声を上げているフェイトの、やらしい筈の顔を見られないのだけは残念か知れない。
 掌から零れそうなフェイトの胸を左手で揉んだ。
「こういうんが、気持ちええんやったっけ。」
 胸の先を指先ではさみ、軽く抓るとひっくり返った声がフェイトの口の端から漏れた。険しく眉
を寄せ、端正な顔を変貌させてはやてを眇見る。
「だからはやて、そういうことは、」
 頬が赤い。
 はやてはフェイトの胸許に顔を寄せると、鼻を首筋に押し付けた。口づけを三度落とし、鎖骨の
傍へと歯を立てる。今までに開けた傷口から血が流れ出て幾筋も伝い、首も胸も夜着も汚している
のを横目に見て、目蓋を閉じた。
「う。」
 はやてを膝に乗せたまま、フェイトが苦しげに首を仰け反らせる。
 そう、苦しげだ。
 知識として、そして端々から除く反応から、強い不快を与えていないとわかっているだけだ。胸
や他のところに触れた時の方がわかりやすく、よく反応する。彼女は人間だから。
「っあ。」
 はやては目を閉じたまま、ひたすらに鎖骨の傍の肉を噛み続ける。表面をぼろぼろにして点では
なく面で血を流させて血を貪る。彼女は身を捩って、頭を振って、そして。
 そちらを振り返った。
 一息のむ気配だけがした。
 彼女を、同じものにするのは簡単だ。今みたいに首に牙を立てて、そうしてやればいい。するか
しないか、その違いしかそこには存在しない。はやてはしないだけだ。
 血を吸い上げると、彼女の腕が引き攣ってはやての肩にしがみついた。小刻みに震える体を抱き
しめて、身勝手に食欲は満たして、でもそれ以上はしない。赤い瞳が何を今見ていたか知っている
から。
 だって、可哀想だ。