北風なのかよくわからないけれど、とにかく冷たい風が吹いて、はやては首を竦ませた。
今朝の天気予報では、日中は温かくなるなんて言っていたのに、まるっきり嘘だ。
寒いにも程がある。
「秋は何処いったんやろうね。
 もう冬になっちゃいそうやんか。」
頭上のケヤキが大きく枝をしならせて、ぱちぱちと葉っぱの擦れ合う音がアスファルトに降り注ぐ。
「うん、今年の夏は、あんなに暑くって長かったのに。
 秋がすぐどっか行っちゃうって、なんか寂しいね。」
答えるフェイトは右手の平を、空を汲む器にしている。
枯れたケヤキの細い葉っぱが指先を掠めて落ちて行く。
「なんか、会える筈だった人とすれ違っちゃったみたいでさ。」
足元を這う風が降り積もる落ち葉を路上で踊らせる。
囁き交わす落ち葉はおしゃべりなまま、二人の足元を掠めて後方へと流れて行った。
傾き出した日が作る、薄青い陰さえ擦り抜けて。
「詩人やねぇー。
 私は今からこんな寒さやから、冬が恐ろしくてしゃあないわ。」
身震い一つして、はやてはフェイトを見下ろした。
フェイトははやてを少し見上げて、口角を歪ませた。
「今ならまだ、冬眠の準備には間に合うと思うよ。」
いたずらっぽい台詞を口に乗せるフェイトの頬はほっこり丸い。
中学に入って背も伸び出し、胸も少しあるようになったはやてとは違って、
フェイトはまだ小学生の頃と同じような顔をしている。
背だっていつの間にか、はやてが僅かだが抜いてしまった。
「私は熊じゃないわ! まったく。
 がおーとかやらへんよ。」
両手を上げてみせると、フェイトが口元に手を添えて笑った。
肩を小さく震わせるその笑い方は楽しんでる証拠だと、この三年程でわかった。
はやては上げた手をそのまま頭の後ろに回すと、頭上を仰ぐ。
沈み始めた空に、月が仄白く輝き始めていた。
「今のでめっちゃ手が冷えたわ。
 もう手袋してこようかな。」
この時間の雲は変わった色をしている。
白でもなく黒でもなく、空の色でもなく。
太陽の光が残っているのか、うっすらと淡い桃色の滲んだ紫が微かに載っている。
色水をつけた指でさっとなぞったかのような雲が、右手の家の屋根から弧を描いて東の空に渡っていた。
「はやて、手、出して。」
とん、と肩にかけたサブバッグをフェイトが叩いた。
振り返ったはやての前に差し出されたのは、
「お・・・おしるこ?」
おしるこの缶ジュースだった。
思わず解いた手に、フェイトがおしるこ缶を押し当てる。
買ってから少し時間が経っているのか、自動販売機から出たばっかりの火傷しそうな熱さはなくて、
ほっかいろのようなぬくもりがはやての掌に広がった。
「うん、暖かいでしょ。
 持ってて良いよ。」
フェイトの睫が零す金色の光の粒に惑わされてか、
はやては口を半開きのままおしるこ缶を両手で握り締めた。
強ばった指先を解く熱がゆっくりと手首を伝わって肩までを緩やかに溶かす。
「フェイトちゃんは、ときどき変わったものを装備してるなあ。」
くすくすと唇の間から笑い声を零し、はやてはフェイトを見つめ返した。
フェイトはさっきと同じように口元で手を結んで笑う。
「私、もう冬眠の準備できてるから。」
冗談を口にして微かに揺れるフェイトの手。
ああ、もしまだ秋だったら手を繋いでくれたんかなぁ、なんて思った。