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シュベルトクロイツをその白い喉元に突きつけた。
白熱灯の元、彼女の見開かれた赤い瞳が揺れる。水面に映る月に似ている。
「はや、て。」
唇から零れた吐息が震えながら名前を描いた。
はやては顔を片手で覆ったまま、口に円弧の笑みを引く。
「TRICK OR TREAT.」
フェイトの手から、万年筆がぼろっと落ちて書類に真っ黒の水たまりを作った。
「え・・・。え?」
信じられない、と墨汁ではっきりと書かれたような表情で、
フェイトははやての顔と喉に突きつけられた剣十字とバリアジャケットと三対六枚の黒い翼と、
卓上カレンダーを見比べた。
液晶のカレンダーにはここミッドチルダの日付と時刻だけでなく、
端に小さく海鳴の日時も記載されている。
「も、もう・・・11月じゃない・・の?」
はやては悪そうに顔に影を落とし、シュベルトクロイツの鋭利な先端をフェイトの喉に押し当てる。
「フェイトちゃんは長い航行任務で帰ってきて、時差ぼけしとんの。
 時差ぼけのくせに、なに人に因縁つけてん?」
フェイトが眼球が零れ落ちるのではないかという程に目を見開いた。
因縁つけてるのはどっちだって、そんなの本当ははやてだって判っているけれど、
二ヶ月も何処ぞの知らない海の彼方まで行っておいて、
ろくすっぽ挨拶もくれずにこんな時間まで残業しているのだ。
本局で普段フェイトが働いているシフトならば、この時は通常業務時間なのだろうけれどここは地上部隊だ。
この因縁は正当化されるはずだ。
「で、TRICK OR TREAT!
 出すもん出されへんのやら、さっさといたずらされるんや! 観念しい!」
ちゃんと仮装的な見た目も持ちながら実用的な衣装バリアジャケットも着ている。
はやては足をどん、と踏みならしてフェイトに詰め寄った。
「お、おかしなんて、そんな急に持ってないよ。
 それに今日、もう11月だし・・。」
消え入りそうな声で呟いたフェイトは涙目で、それでも恨みがましい。
はやては椅子の足を踏んでフェイトの動きを遮ると、鼻先に顔を近づけた。
「じゃあ、どうなるか、覚悟は出来てるんやな。」
さぁっ、とフェイトから血の気が引いた。
床を踏んで腰を浮かしかけるフェイト、その脇に腕を入れるとはやては思いっきりフェイトを抱きしめた。
「えっ。」
耳の脇で悲鳴が途切れる。
はやては口を全開に笑った。
「行くで、スレイプニール!」
黒い翼が大きく羽ばたいた。
羽根を撒き散らし、はやては床を蹴り飛び上がる。
睨みつけた先で薄く開いていた窓が見えない力で強引に開け放たれる。
その窓の桟をはやては一足で飛び越えた、フェイトを抱え上げたまま夜の空へと躍り出る。
「うわ、ああっ!」
一瞬の浮遊感。
内蔵が浮き上がる感触と共に、はやてとフェイトの足の下に管理局の中庭が広がる。
常夜灯だけがぽつぽつと灯り木々だけを青く照らしていた。
その虚空の中を、はやては夜空目がけて駆け上がる。
速度は最大。
「はやて!こ、恐いよっ。
 バルディッシュ、・・・机の上なのに。」
はやての首に回した両腕で、フェイトがぎゅっとしがみついて来る。
小さくなって少し震えている様は珍しくって少しおかしい。
「恐くなかったらいたずらにならへんやろー!」
金色の髪が夜風に広がって、顔に掛かった一筋から焦がれていた甘い匂いがした。
二ヶ月は長かったと思う。
一日千秋の想いでいたんだから、ざっと六万年くらい待ったんだ。
「六万年は長かったで、フェイトちゃん。」
「な、なんのこと?」
上擦った余裕の無い返事しか来なかったけれど、はやてはそれでよかった。
一番低い雲が近い。
体の下に街並が遠く広がっている。
ビルもホテルも通りも、家々の並びも小さくなって行く。
足元に散りばめられた星空に変わる。
彼方に見える港から、海風が香って来る気がした。
「はやて、ど、何処まで上がるの?
 恐いし寒いよ。」
「じゃあ、もっとくっついたらええやん。」
舌を出して、はやてはフェイトを振り返った。
はやての肩口に顔を埋めていたフェイトが、横目ではやてを見つめた。
僅かに涙の滲んだ目に、夜風が迷い込んでいる。
無言で、フェイトがはやてにもっと強く捕まってきた。
だからはやてもフェイトの背中に回した手に力を込める。
押し付けた体から伝わる体温が熱い。
口元で解けて行く真っ白の息が一つに絡んで、夜空に消えて行く。
「バレルロールとか、やっていい?」
軽い口を叩くと、フェイトが不満そうに答えた。
「やだ。」
はやては喉の奥で笑うと、もう一段飛び上がる。
高い雲を越えて、月の方へ。
満月を過ぎた月は、緩やかに細くなり始めていた。
はやては身を翻すと、仰向けになって空に身を投げる。
夜空を揺りかごにするみたいに、フェイトを自分の上に載せて。
厚い水蒸気の覆いを抜けた、まっさらな夜空が広がっている。
宇宙を想起させる一様な球の空に、金色の星が数えきれない程に散りばめられていた。
その真ん中で、フェイトがはやてを見つめた。
「六万年は長かったんよ、フェイトちゃん。」
強い風に煽られて、フェイトの前髪が吹き散る。
晒された丸い額にフェイトは微かに困った様子を浮かべて、それから仄かに笑った。
「もう、なんのこと。」
歯を見せて笑うと、はやては軽くフェイトの唇にキスを落とした。