薄曇りの空を、フェイトは机に突っ伏したまま腕の中から見上げた。雨の音が聞こえて
来そうで、でもまだ降り出しそうにも無い、暗い空だ。低い雲が渦巻くように流れて行く。
窓ガラスにはぼんやりと自分の姿が浮かんだ。
 影も薄いのに、目の端に映る窓の並びや教室の隅を思考の中だけで探って、フェイトは
目を瞑った。下校時刻はもう過ぎた。校庭にも人影はなくて、街並に点る街灯が少しずつ
見え始める。
 今日は夕焼けも無いし、星明かりも無い。海鳴の街は明る過ぎて、曇りの日にはあの吸
い込まれるような黒さも無い。
 フェイトはふぅ、息を吐き出すと、腕の中に顔を埋めた。自分の息が籠る。
 見回りの先生が来て、追い出されるのを待っている。冷めた顔でさっさと帰れと言われ
たいのか、優しい顔でどうしたの早く帰りなさいと言われたいのか、どっちかはわからな
いでいる。そこまで思って、フェイトは唇を笑みの形に変えた。今まで一度でも、自分の
ことなんてわかったことなんかあっただろうか、そんな言葉が頭に差し込んだ。
 眠い、な。と、目を閉じて呼吸を整える。教室はだんだんと寒くなりだして、フェイト
は掌で肩を包んだ。そうすると自分が一つの塊になったみたいで、なんだかほっとした。
 そのとき、廊下から足音が聞こえた。階段を上がって、この教室へ向かってゆっくり大
きくなる足音。フェイトは息を引き絞って、開かれる時を待った。引き戸が鈍い音を立て
た。
 声をかけられるまで、僅かな間があった。
 そうして響いたのは、一声。
「フェイト、ちゃん?」
 はやての声が教室に響いた。
 薄暗い部屋の中を、はやての足音が渡って来る。押し殺したような忍び歩きは、この中
に溜まった薄曇りの空気に波を立てないようにしているようだった。フェイトはだから目
を瞑ったまま、振り返らないでいた。近づいて来る気配に、何故か背中が熱い。
「寝とんの・・・か。」
 かたん、と。一つ前の椅子が引かれた。
 衣擦れの音がして、そこにはやてが腰掛けるのが伝わった。
「起こさへんと、なぁ。」
 囁くように言った、はやての言葉に籠った温度は、たぶん、はやての掌の温度だ。指が
ふっと、フェイトの顔に掛かる髪を梳いた。柔らかな指先がフェイトの頬をなぞる。眉尻
しかはやてには見えていない筈だけれど、フェイトは表情が変わらないように細く息を吐
く。起こされたら、どうやって寝起きらしさを出せるだろうか、と悩みながら。
 はやての手が、フェイトを離れた。
 身じろぎするのが聞こえて、はやてのため息が二人の間に落ちた。
「もう少しだけ・・・な。」
 はやてが黙ると、二人分の息遣いだけが微かに残る。
 その静寂の奥に、窓を叩いた雨の一粒をフェイトは聞いた。