「はやて・・・、くさい。」
 珍しく憮然とした声で不満を述べたフェイトの首に、はやては上機嫌で腕を絡めた。ど
うせ何処まで行ってもフェイトは頭硬い真面目さんなんだから、気にすることないない、
と頭の中のあらゆる所から声が聞こえる。オッケーオッケー、私もそう思う、はやては応
援の声に頷き返して、フェイトの頬に自分の頬を擦り寄せた。
「んんー、フェイトちゃんお肌すべすべやんなぁ。
 かわええなぁ。」
「息かけないでよ。」
 アルコールの匂いがむわっとする口から顔を背け、フェイトは身を逸らした。けれど、
自分の膝の上に横座りして腕を絡めて来るはやてからは、せいぜい一センチくらいしか離
れられない。もう寝るつもりで薄着だったから尚更、はやての妙に高い体温とか、お酒を
大量に飲んだ後のあの妙な汗とかがフェイトの肌にも張り付いて、自分まで酒粕になった
みたいだった。奈良漬けでもいっそ構わない。
「フェイトちゃんのいけずー、この脳みそトンカチ。」
 じ、とはやてが僅かに顔を離して、フェイトを見据えた。半分落ちかかった目蓋の下に
ある目は、完全に据わっている。うっすら殺意すら背後に浮かんでいるような気がして、
フェイトは思わず黙り込んだ。握り締めたシーツが抗議の声を上げる。
「水とか飲む?
 歯も磨かないと、虫歯になっちゃうよ。」
 黒髪を左手で撫でると、はやては目を閉じて微笑んだ。そうしてそのまま、ぐっとフェ
イトにもたれかかる。全体重でしなだれかかって来るものだから、右手だけでは支えきれ
ない。肘が折れて、半ばベッドに寝転がる。
「もう、はやて。
 虫歯になって困るのははやてなんだよ。
 歯ブラシも取って来てあげるから、どいてって。」
 促すようにフェイトが肩を叩く。子供に言い聞かせるような口調が気に入らなくて、は
やてはますます回した腕に力を込めた。フェイトのキャミソールを握り締める。意地でも
離れてやるもんか、心の中でそう宣言すると、頭の中に住んでいる何人かのはやてが、オ
ッケーオッケー、私もそう思う、と返して来た。
「ちょ、ちょっと首がしまってるんだけど、な。
 あとキャミソール掴まれると、お腹が・・・。」
 耳に触れるフェイトの声が心地よいのと、シャツを通して感じるフェイトの匂いに妙に
機嫌が良くなって、はやてはベッドの端に垂らしていた足をフェイトに載っけた。「う。」
鈍い呻きがして、フェイトを押し倒すことに成功する。金髪がシーツに埋まる。
「へっへー。
 これでてーこーでけへんやろう。」
 はやては目の前にあるフェイトの顔を見下ろして、満面の笑みを浮かべた。引き結ばれ
た唇がすぐそこにあって、赤い目が自分を恨めしげに見上げた。
「くさい・・・、おまけにニンニク臭い。」
 鼻が詰まった掠れ声で、フェイトが僅かに顔を逸らした。はやてががっちり首に腕を回
しているから、ほとんど動けずもがくだけだ。まさに胸三寸。はやては向かい合うように
足を直して、フェイトの胸に寝そべる。
「フェイトちゃんて、ほんまええ乳しとるよねぇ。」
 首筋に顔を埋めて呟くと、フェイトが脱力した。それまで微かに感じていた押し戻そう
と言う力とか意志とかか空気中に発散して行く。フェイトは片手で自分の額を抑えた。
「あのね・・・もういいや。」
 ため息がはやての耳を掠めた。はやては腕を解くと両掌をフェイトの額において、その
顔を覗き込んだ。
「ふへっ。」
 だらしない笑いがはやてから零れる。フェイトの肌は相変わらず白くて、金色の髪は豊
かで、呆れながらも双眸ははやてを見つめている。自分だけが映っている目が心地よくて、
右手の親指でフェイトの目蓋を弄った。
「かわええなぁ。」
 くすぐったいのか嫌なのか、フェイトが口許を歪ませて体を跳ねさせた。たぶん、見て
いるだけでは判らない程度のリアクションだったけれど、今、はやてはフェイトの上にべ
ったり寝そべっているからよくわかる。息遣いのリズムも、鼓動も、体温だって判るのだ。
「はやて、歯磨きして着替えて寝よう。
 明日のお休み、全部潰れちゃうよ?」
 フェイトの眉毛が心無しかきりりと引き締まる。息が頬に触れて、はやては頬を緩めた。
自分は今、笑顔の大バーゲンをやっている自信がある。だけど、在庫は当面尽きそうも無
いし、もう今は思いっきりそれこそフェイトが溺れるくらいに笑顔を振りまいてやりたか
った。
「ふぇーいとちゃん。」
 わざと甘えた口調で、はやては顔を近づけた。フェイトの唇に自分のを寄せる。
「やだ。」
 拗ねたように、フェイトが手ではやての口を覆った。なんでやねん、と目つきで責める
と、フェイトは首を揺らした。
「酔った勢いでは、だめだよ。
 はやてと、私とでも。」
 見つめて来る眼差しに、サイドランプの明かりが焼き付いている。光の粒は赤い瞳の中
で夕日になる。瞳は焦げる天球だ。その時間帯の名前を、はやては知っている。首を振っ
て手を離させると、はやてはふ、とわらった。
「けち。」