雨粒を見ていた。
西日本を台風という名で駆け巡り、
しかし昨晩のうちに温帯低気圧に変わってしまった、
強い雨雲の切れ端が零す雨を。
朝、道を歩いた自分の足を濡らし、鞄に水滴をつけ、街並を音楽堂へと変えた雨。
その一滴が、はやての机の上に落ちた。
何年もこの学校に留まり、何人もの学生の背中を見送ってきた木の板に水は吸い込まれ、
深い光沢を刻む。
一つ、二つ。
金色の毛先が溶けて垂れているようにも見えた。
はやては右手の指先を、そっと伸ばした。
震えながら大きくなる水の球に、真っ白い窓の外の雲と窓が上下逆さまになって映り込んでいる。
息を顰めれば、教室の喧噪の中でも雨音が聞こえる。
うっすらと街を撫でるように降る、細い雨の流れが。
「あ、机濡らしちゃった?
 ごめん。」
微かな風を切り、金色の髪がさっとはやての指先を離れた。
白い手が髪を肩にまとめあげる。
濡れたその人の姿を、はやては見上げた。
淡い影に縁取られて、滑らかな肌で輪郭を作る彼女の整った双眸がはやてを映した。
赤い瞳の色だけが鮮明だ。
「いや、ちょっとやから。」
首を微かに振り、はやてはちらと机に目を落とす。
静かに息を殺している二つの水滴を、伸びてきた指先が拭った。
「あ。」
引き延ばされた水が机に染みて、そこだけ琥珀の輝きを描く。
振り仰ぐと、眉を歪めたフェイトが小さく息を漏らした。
唇が微かに動く。
教室の引き戸が開く音が響いた。
「ほらー、みんな席つけー。」
日誌を脇に抱え、初老の先生がクラスへと号令を放つ。
思い思いの場所で立ち話をしていた生徒達が、さっと席に戻って行く。
互いに手を振り交わし別れる姿を追っているうちに、日直の声が響いた。
「起立!」
フェイトの背中が目の前に立っていた。
はやてはふっと肩を落とすと、乾き始めた琥珀の軌跡に指先を伸ばした。
窓の外では雨がけぶり、海鳴の街が霞んでいる。