「あ。」 短い声が上がった。 数学のノートから顔を上げると、目の前に座っていたフェイトが自分の親指を見ていた。 「指切ったん?」 ん、と返事らしき音声がフェイトの口と鼻の間辺りから聞こえた。 はやては端正な額に寄る皺を何故だかじっと見つめた。 白い肌には薄くとも堀が刻まれれば、入り込む影が際立つように思えた。 「気をつけなさいよ、もう。」 右隣に座るアリサがシャーペンを握った手で頬杖をつき、 もう一方の手をフェイトに伸ばした。 アリサの手がフェイトの親指を捕まえて、自分の方に向けさせる。 「ちょっと血が出てるわね。」 二人とも肌がもともと白いけれど、こうして見るとそれでも手の色は違う。 アリサの方が白くて、ほっそりとしていた。 フェイトの掌は少し赤みがかっている。 その指の付け根には小学生の頃から 「はやて。 絆創膏ってないの?」 アリサがはやてを見つめていた。 思わず凝視し返したその翠の双眸に、自分の影とリビングの窓が映っている。 「え、ああ、あるよ。 取ってくるわ。」 慌てて腰を浮かせるはやてに、フェイトの声が追い縋った。 「いいよはやて、そんな大したのじゃないから。」 否定をしながら、フェイトが傷ついた親指の腹を唇に挟む。 桜色の唇の間に赤い閃きが見えてしまった気がして、はやては慌てて顔を引き剥がした。 「ええのええの。 指先って痛いやんか。 ノート汚しても面白くあらへんし。」 廊下へと続く扉に向かってそう言い放ち、はやてはドアノブを掴んだ。 少し湿った感触がした。 後ろ手にドアを閉めると、リビングと空気が途切れる。 冷たい気配が首元を撫でた。 鼻から吸い込んだ空気に、雨の匂いが混じっている。 耳を澄ませば何処からか、さざ波のように細い、雨の音が聞こえた。