夜のホームに、人影はまばらだった。 屋根すら一部にしかついていない、古いホームのコンクリートは削れている。 線路に囲まれた一つきりのホームは、蛍光灯の明かりさえ遠く感じられた。 ふ、と口から息を吐くと、帯のように真っ白く広がって風に靡いた。 夜の黒の中に伸びる、白。 なのはが、フェイトを見上げた。 「寒いね。」 流れていく息を追いかけていたフェイトの瞳がなのはを向いた。 差し込む光に、瞳の赤が清廉に照る。 「うん。 手、冷たくなっちゃった。」 そう話すフェイトの鼻先は、寒さのために少し赤らんでいた。 困ったように言うフェイトは手袋をしていなくて、ほっそりとした指が白く強張っていた。 なのはは自分の手をポケットから出して、フェイトの手を包んだ。 それから、拍子抜けしたように笑った。 「私の手も、同じくらいに冷たいね。」 手を握り締め合って、目交いに微かな熱を溜める。 その二つの頬を、はやての右手と左手が後ろから思いっきりはり倒した。 「はい、仲間はずれかっこわるーぃ! ここにもう一人おんねんでぇー。」 めき、と無理に顔を背けられたなのははすんなり腕を躱し、くすくすと笑い声を立てた。 白い息が震えて、もやになって広がる。 「もー、そんなことないって。 ごめんごめん。」 なのははフェイトの手を解くと、その指をはやてが突っ張ってきた手に絡めた。 ぎゅ、と手を繋ぎ、唇から歯が零れる。 「はい、これではやてちゃんも仲間ね。」 はやては頷き返し、手を握り締めた。 なのはの掌にはじんわりと温かさが籠っている。 「うぅ、はやてぇ、手をどけてよぉ。」 右手でにりにりと頬を押されたままだったフェイトが、呻き声をあげた。 お餅みたいに白い頬をこねくり回されて、眉毛が困っている。 「やわらかいほっぺたやねぇ。」 む、とフェイトが唇を歪めた。 その端が掌に掠めて、はやては微かに右手を浮かせた。 「がおー!」 そうしたら、フェイトが口を大きく開けて、はやての手に噛み付くように襲いかかってきた。 「わぁ、ライオンがぁ!」 子供にするみたいな仕草に合わせて、はやても怖がっている振りをして逃げる。 フェイトの歯が夜を噛んで二回、かちん、と鳴った。 「いたずらっこさんなんだから、めっ。」 胸元に引き戻されたはやての手を、フェイトが取った。 白く細い指が、はやての指の間に入って握り締められる。 「はい、これで、仲間入り、だね。」 フェイトが笑うと、睫から光がぱちんと弾けた。 はやては黙り込んで足元を見下ろし、ぼそっと苦し紛れに呟いた。 「関節止血やん、これじゃあ。」 右手に伝わる体温が熱くて、はやては寒気が頭のてっぺんからふっと出て行くのを感じた。 「やだった?」 フェイトが首を傾げて、はやての顔を覗き込んだ。 その指がきゅ、とはやての手を握り締める。 「あ、もしかして、手だけじゃやだ、とか?」 左肩が押されて、なのはがはやての肩口で悪ガキみたいに笑った。 眉間に一本皺が寄って、可笑しくって仕方ない、みたいな風に。 「え、そうなの? えっと、じゃあ・・・胸に飛び込んで来る?」 いつだって妙に真面目なフェイトは、なのはの言葉をまともに捉えて、 はやてに向かって腕を開いた。 やわらかい手触りの仕立てのいい黒のコートの表面を、電灯の白が流れて行く。 その胸元と白い首を見てしまって、はやては顔を背けた。 「そんなこと言うてませんー。」 「じゃあ、私が行くー!」 唇をはやてが尖らす合間に、なのはがフェイトの胸に飛び込んだ。 右手ははやてと繋いだままで、左腕をフェイトの腰に回す。 顔を肩口に埋めると、フェイトがくすぐったそうに首を竦めた。 「もう、なのはってばぁ。」 ふたりは抱き合っているのに、はやてからは手を離さない。 甘え合うふたりの外側で、はやては右手をフェイト、左手をなのはと繋いで、 少し窮屈な両腕を見下ろした。 ふたりの手は緩まなくて、掌だけが熱さを増して行く。 足元に落ちる朧な影は三つ一緒くたになって、古ぼけたアスファルトの上で踊っている。 「あー、公共の場で。これだから最近の若いもんは。」 悲しいことが真っ黒なら、うれしいことは光の粒だ。 はやては呆れて肩をこけさせて、目を細めた。 そうしたら眩しくて、真っ黒な夜を背景に、ふたりの姿がきらきら輝いた。 綺麗だな、ってそう思ったら、もっと眩しくって。 目の奥の何かを擦ろうと思って手をあげたらどっちもふたりに繋がっていたから、 はやては、 「くっそー、私もまぜんかい!」 やけくそで叫んで、フェイトとなのはの間にタックルをぶちかました。