濡れた手で冷蔵庫の側面に掛かっているタオルを掴むと、冷たく湿っていた。
汚れた花柄のタオルをホルダーから引き抜くと、フェイトは引き戸を開けて洗面所へと抜けた。
風呂場の磨りガラスの向こうからぼんやりと照らされるだけの寒い洗面所の床に置かれた洗濯かごへ濡れたタオルを放ると、戸棚の上へ手を伸ばす。
色が落ちた暗がりで、記憶の中を手探りする。
新しいタオルを掴んだ時、リビングからテレビの音が聞こえた。
洗面所は冷え切っていて、口から零れる息は一瞬白んだ。
「今夜は雪が降るんだっけ。」
足下に漏れてくるテレビの音を踏み分けて、台所へ引き返し新しいタオルを冷蔵庫に掛けた。
蛍光灯の光に目を瞬かせ、フェイトはリビングへ歩み入る。
カーペットの上で、小さな毛布の塊が小さな寝息を立てていた。
壁際のソファを伺うと、彼女は人差し指を口元に添える。
フェイトは頷くと、音を立てないようにそっと台所へ続く扉を後ろ手に閉めた。
冷たい空気と隔てられて、温風ヒーターが出す熱気が頬を撫でた。
今日はなんだか、ずいぶん遊んできたみたいなの、
唇の動きとかすかに耳元に触れる声に頷いて、
フェイトはソファに歩み寄った。
彼女の声より大きいテレビの音声が、今の天気を伝えていた。
「雪か。」
厚手のコートを着込み灰色のマフラーに首をすっぽり埋めて、
傘を差した男性記者が駅前に立っている。
カメラと彼の間を羽毛のように大きな雪の塊がいくつも過ぎり、
足下はだんだん真っ白く染まっていく。
フェイトは窓を振り返った。
クリーム色のカーテンが掛かっていて、外は窺えなかった。
ふ、と袖を引かれた。
「フェイトちゃん、外、見に行かない?」
頷くと、なのはがフェイトの右手を取った。 



真っ白い息が大きく膨らんだ。
暖房で暖まった頬を、凍った夜気が冷やしていく。
「雪、結構降ってるね。」
呟くとなのはは小さく頷いた。
家のオレンジ色をした電灯と、通りにぽつぽつと立つ街頭が降り続ける雪を照らしていた。
テレビで観た結晶が絡まって出来たような雪の羽根とは違って、雪は少し雨に似ていた。
真っ黒いアスファルトの上に湿って積もり、シャーベットのようだった。
水が垂れる音が、どこかから聞こえた。
「みぞれかなぁ。」
なのはは小さく頷いた。
カーディガンの袖を引っ張りすっぽりと包んだ手先を、胸の前で摺り合わせている。
漏らす長い息に、フェイトはそっと尋ねる。
「寒いね。もう、中に入ろうか。」
フェイトの靴底は砂を踏んで鳴ったけれど、なのはは佇立していた。
肩を強ばらせたまま、吹き晒しの首を振る。
黒い瞳に、降り続く雪が映っていた。
ここはあまり雪が降らない。
海鳴よりももっと。
ただ、海鳴で降る雪と少し似ていた。
あの海を孕んで重たく降り積もる雪は、まるで全ての形を明らかにするようだった。
小さい頃、あの木々の間で見上げた雪は、静かで、自分の息づかいしか聞こえなくて、
まるで埋もれてしまうようだったけど。
フェイトは左腕を振った。
わずか金色の光が走って、白い外套が軌跡に現れる。
後ろからなのはの細い肩を包むと、彼女は端を掴んで首元まで覆った。
「あったかいね。」
そう口を解いて、なのははずっと雪を見つめていた。
みぞれのような雪は、一面真っ白に染めながら、黒い空から降り続いている。