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 生命とは、セントラルドグマによって自己組織化をする散逸構造を持った解放系だ。

 すなわち、細胞内に於いてRNAポリメラーゼによりDNA二重螺旋の一方をメッセンジャーRNA
に転写し、さらにタンパク質へと翻訳された遺伝子情報が細胞を自己組織する―――セントラル
ドグマこそが生命機能の根幹である。カオス系での相転移とも言い換えられるオートポイエー
シスに発展するこの自己組織化システムは、それゆえ必然的に、力学系が巨視的になることを
要請し、自己の維持の為には内部でのエントロピー増大を回避する機構を持つ必要性が生じる。
このネゲントロピーの必要性こそ、生命が散逸構造を持った解放系であることを要求している。
 このセントラルドグマを再び機能させること。
 プレシアは環状魔法陣を足元に展開させた。緊迫音と共に循環を始める魔法陣は黒紫の燐光
として溢れた魔力を揮発させる。それら力は掌の上、夜を塗り固めた宝石へと魔導式を刻んだ。
180mlの水分子の運動を記述するおよそ6.0221415×10^25個の連立方程式を基本方程式とし
た魔法を起動させる。
 それが、二十六年の望みだ。

 掌中で爆発が起こった。
 雷光のごとき紫紺の閃きは暗闇を弾き飛ばし、飛沫が網膜に残光を焼き付ける。前髪の一筋
が焼き切れ、醜く視界の色は変化した。鼓膜を撃ち抜いた炸裂音が擬似的な静寂を脳内に造り
出し、残響は時を待たずして絶えた。
 握り締めた拳の間からどす黒い血液が滲み出す。掌の窪みに溜まり、爪に生温い肉の感触が
入り込む。
「っ!」
 プレシアは握り締めた拳を実験台の上に叩き付けた。骨と耐熱版が激突し、罅が入るような
痛みが肘までを麻痺させる。それでも、怒りに潰れる自らの顔面を安らかに変形させてやるこ
となど出来よう筈も無かった。もはや、硬く結んだ拳の中に在る結果も、足元で乱反射する石
英ガラスの散乱光も水溜まりも何も必要が無い。皮膚を抉る痛みすら意味が無い。指の間で擦
れ合う砂粒の不快感が全てを知らせている。エネルギー結晶体は一握の砂と化した。これが、
二十六年の末に辿り着いた研究の成果だ。
 出来ない。
 出来ない出来ない出来ない出来ない出来ない出来ない出来ない出来ない出来ない出来ない出
来ない出来ない、いくら、何を試そうと、どれだけ年月を費やそうと、たった一つの命を取り
戻す、それだけのことが出来ない。たった一つの微笑みを取り返すことが出来ない。自分だけ
むざむざ生き残って、あの短い生涯の10倍近くの時を生きて、その欠片も返してあげること
が出来ない。
 こんなに、自分だけが無駄に息を繰り返しているというのに。
「・・・なぜ。」
 震える拳の内側で、汗と共に内なる魔力が表皮に滲んだ。指の隙間で砕ける高エネルギー結
晶体の破片が反応を起こす。燃焼にも似た昇華が掌を焼いた。生臭い匂いのする紫煙が手の中
から立ち上った。薄暗く閉塞した研究室に満ちる埃と薬剤が饐えた臭気と相まって、肺が灼け
る。
「何故・・・。」
 手の甲を、唇に押し当てる。戦慄く息が零れ落ちて行く。左目の縁に冷たくやわらかな感触
が滲んで、プレシアは皮膚を噛潰す。
 何故、私だけが生きていなければならないのだろう。
 どうして私だけが今もこうやって、生きているのだろう。全てを、自分の全てを捨て去って
しまってあの子がもう一度目を覚ますなら、もう何もかも壊してしまえるのに。どうして。
「どうして・・・っ。」
 薄い手の皮膚がこそげ落ちそうな程に噛み、髪を幾ら握り潰しても、目の前の霞んだ景色は
変わらない。点々と器具の起動ランプが灯るこの空間で二十六年を費やし、得たのは産廃にも
ならない肉塊ばかりだ。ここは何も生み出さない。自分に価値など、
「――――っ、」
 咳の衝動が肺の底から突き上げた。プレシアは咄嗟に口を手で覆い、病んだ呼気を弾けさせ
る。喉を削って息の塊が破裂する。肺から全ての空気が絞り出される衝撃に、軋む体が折れる。
痰が絡んだ不潔な音が体内で木霊する、それでも、咳は止まらない。喉と口の中が錆びた味で
濡れ、嘔吐感と共に視界が水中に沈む。
「はっ、あ。」
 実験台の上についた手が霞んだ。口を抑えた左手が血に塗れている。鮮血のこびり付いた指
を折り曲げ掌に深く突き刺し、腕が震える程にプレシアは拳を握り締めた。目の奥で意識が明
滅する。唇を噛砕けば鉄臭い味が舌の上に広がった。
 長年に渡る有機溶剤の使用で、肺は病んでしまった。肺より生まれた病が全身に広がってい
るのが判る。内蔵も腕も足も、五体を病が食い潰していく。もう、その日が近い。
 拳をプレシアは開いた。傷口から血液で貼り付いた指を引き剥がせば、外気に晒された生傷
は初めて産声を上げた。焼け爛れた皮膚の上で、黒々とした液体が鈍く照り映える。黒い川は
手首に掛かる所で枯渇した。
 足元で、砕けた石英ガラスの欠片が水溜まりに沈んでいる。コールタールのように重くとぐ
ろを巻く水は溝に染み込み、実験器具が撒き散らす低い作動音と混ざり合い微かに振動をする。
荒んだ呼吸音だけがその隙間を埋めるように降り注いだ。肋骨を上げ横隔膜を引き下げ肺を膨
らませ空気を吸い込み、収縮とともに呼気を鼻腔から吐き出す。それは、酷く重い行為だった。
一息ごとに筋繊維の一本一本が千切れていくような。
 プレシアは目を伏せた。
 全て切れてしまえば良い。こんな価値のない生命など、今この場で途切れてしまえばいい。
そうすれば、
「そう・・・・すれば―――っ。」
 震える息を呑み込むと、鉄臭さが喉を削った。目頭があまりに熱くて、プレシアは目を瞑る。
その暗闇の中に、手垢に塗れた景色が蘇る。二人で行った、あの野原が。
 雲の影が落ちて、草花の囁きと共に風が流れて、鳥が空を舞ったあの野原だ。綺麗に咲いた
花を摘んで、花の冠を一つ編んだ。それをあの、小さな頭に乗せてやったら、あの子は本当に
嬉しそうに笑ってくれた。本当に優しく、花が咲き初めるように、笑顔を。金色の睫の先から
は、光の粒が落ちて、そして。
 誰が。
 誰が、自分の他に誰があの子を、取り戻せるというのだろう。
 プレシアは己の両手を見下ろした。血がべったりと貼り付いた掌だ。
 私の他に、この世の一体誰が、あの子の微笑みを取り戻せるというのだろう。あの子の受け
る筈だった日差しを、あの子を包む筈だった幸福を、誰が。他に誰が、取り戻せるというのだ
ろうか。
「アリシア・・・・っ。」
 涙が喉に絡んだ。
 口の端に付いた血を指で拭い、プレシアは実験台の隅から薄汚れたタオルを取り上げた。固
まりかけた血液は剥がし切らない。爪の間に入り込んだ破片も、掌紋の隙間もそう。そのとき、
声が響いた。
「かあさーん、いますか?」
 山なりの弧を描く、遥かな声だ。
 階上から、構造材を伝わって聞こえる声。
「かあさーん?
 あ――――――、―――――――――な。」
 あれの、声だった。
 上階で交わされる会話は空間を伝播するうちに減衰し、ただ音だけが降り積もる。幼くやわ
らかい、ほのかな声が吹き込んで、プレシアの頬を掠めていく。ドアの隙間から入り込む、春
の花びらのように。
 破れた皮膚に歯が食い込んだ。
 プレシアは二つの腕で暗闇を掻いた。床に散らばる破片を踏み砕き、石英ガラスを砂粒に変
え、水で服の裾が濡れるのも構わず歩く。腐敗した空気が糸を引くさらに奥へ。靴底に突き刺
さったガラス片が床材を削った。
「ねぇ、――――――ルフ! アルフ!」
 目を閉ざせば、姿は消える。だが声は、同じ次元に存在する限り伝わる。媒質を振動させ身
体へと響く。耳を塞いでも否応無く。
「こっちに扉があるよ! 母さん、こっちかなっ?」
「お、フェイト大発見じゃないか!
 ちゃちゃっと開けちまいなよ!」
 そのひとひらを、見過ごすことは出来なかった。上階へ昇る階段から二つの足音が転がり落
ちる。研究室の暗闇を伝播し、鼓膜を震わせる音が大きくなる。プレシアは息を引き絞った。
「この扉も――――――。
 ―――――――――ね。」
 床を蹴り肩で暗闇を引き裂いて、背後、上階へ続く階段へと身を翻した。歪み、膨張した起
動ランプが圧迫する空気中を、堆積した埃がぬるぬると動き濁流を築く。その暗澹をくぐり抜
け、不規則な秩序を払い飛ばして細い階段を踏み上がる。
「よし、フェイトがんばれ!」
 厚い扉を越えて、声が柱廊に反響した。プレシアは頭上を仰ぎ、階段の上の扉へ向けて口腔
を開いた。病んだ肺で酸素と窒素とを吸い込み、最後の一段に足をかけ聳える高い扉へと制止
の声を放つ。その目の前で。

 金色の閃光が弾けた。

 暗闇を走り、網膜を灼き焦がし、音と共に絶える一瞬の閃光。階段を上がり柱廊へと出たプ
レシアの足が止まる。鉛となって停止する。
 開かれた扉から、光の奔流が流れ込んだ。
「あ、母さん。」
 光の粒を睫の先から零し、アリシアがプレシアを見上げた。
 長い影が朝焼けのように伸びる。幼く丸い頬を、灯火と淡い影の境界線が流れていた。光風
が金色の髪と戯れて、琥珀の輝きを宿す。その赤い瞳の表面には、プレシアの姿が映り込む。
アリシアの頬が花のように咲き初めた。
「あ、あのっ。こんにちは、母さん!
 お元気ですか!?」
 零れる笑顔は星の金貨みたいだ。唇から白く小さな歯が覗き、あざやかな笑みが景色を色付
ける。髪を二つに結ぶリボンが揺れた。そのやわらかな右手が髪を耳に掛ける。
「フェイト。」
 その物体の名称が、口から落ちた。名前を呼ばれたと思ったのか、フェイトの顔が明るく輝
く。長く伸ばした髪が動きに合わせて揺れた。
「母さん! 今日はその、お願いがあって、来ました!」
 バスケットを胸に抱きしめ、音節に合わせてフェイトは小さく跳ねる。その背後に立った狼
の使い魔が胸元で拳を握り締めていた。プレシアは視線を床に棄てた。埃の上に伸びる自分の
影だけを網膜に投影する。背後に続く暗がりに潰える、一抹の影だ。目の前で輝く光は、その
輪の中にもう一つの肖像を落としている。小さな人影が、床の切り絵の中で後ろを振り返った。
「あ、まぶしいですか?
 アルフ、アルフっ。明かり弱くして!」
 プレシアの掌中で、生乾きの傷に指が食い込んだ。汗が染み込み、細胞が弾ける痛みがある。
「ここには来ないように言った筈よ。」
 素っ気ない音を立てて、明かりが一段落ちた。描かれていた光の円は小さくなり、プレシア
の足先だけがその中に取り残される。フェイトが細く息を呑む気配が鮮明な形を残して、光の
傘の中を落ちる。
 プレシアは身を翻した。深い柱廊の奥へその足を向け、影の中に体を沈める。澱んだ空気へ
と埋もれ、震えそうな息を振り絞る。掌に深く爪を突き刺し、粟立ちそうな肌を抑え、奥へ。
プレシアは足を踏み出す。目蓋を開いても閉じても変わらない底へ。
「待って、母さん!」
 懸命な声が、プレシアを呼んだ。
「待って下さい、母さん。」
 フェイトの右手が、プレシアの腕を繋ぎ止めた。
 強い力に引かれ、プレシアの足が僅かに止まる。フェイトのはにかんだ声が背に触れた。
「その、今日、一緒に外でご飯食べませんか?
 私、一緒に食べようと思って、サンドイッチ作って来たんです!」
 それは溢れる嬉しさを隠し切れない声だ。言葉尻が弾んで、駆け出して行きそうな音色をし
ている。プレシアは体側に垂れる左手を握り締めた。傷口から血液が押し出されて、指の付け
根から染みだし、床へと雫が落ちる。
「お仕事、忙しいのはわかってます。
 でも、今日、すっごくいい天気なんです、だから。」
 甘えるように、フェイトの声音がほんの少し高くなった。フェイトの親指に力が籠り、催促
するように腕が僅かに引かれた。淡い橙色の灯火の元、白いワンピースを纏った腕は暖かな色
を付けている。そこから伸びる汗ばんだ掌はその小さな胸に宿る鼓動を伝えた。手の間に籠る
熱が強ばったプレシアの指先を解いていく。爪の先からゆっくりと、手を、腕を伝って、体へ
と。
「かあさん、だめですか?」
 ここは、果たせなかった約束の為に選んだ土地だ。長い休みを穏やかに過ごせるように、の
びのびと過ごせるように選んだ場所。夢にまで見た、約束の場所だ。掴めそうな高さを雲が渡
って、初めて見るような草花が芽吹いて、綺麗な声で鳥が鳴き交わす場所。
「かあさん。」
 フェイトの右手が熱い。
 フェイトの声が呼びかける。
 フェイトが抱えた胸より大きい藤のバスケットが、そこに掛かっていたチェックのナフキン
が脳裏を過る。背中から胸を貫く言葉の奥に、背後に溢れる光の先に、思い描いて来た理想の
日がある。
「私、花の冠の作り方、教えて欲しいんです。
 いま、白い花が咲いてる所があって、きれいなんです。だから。」
 あの野原がある。
 左目の縁で乾いていた透明な血液が膨らんだ。真っ黒い柱廊の奥を瞳は映し、その雫は輝か
ない。暗闇の奥から低く響く、水温調節器の作動音を見つめて、時が止まる。
「母さんに、今度は私が花の冠を作ってあげたいんです。」
 微かに、保存液の漏れる音が聞こえた。
「手を離しなさい!」
 怒鳴り声を張り上げて、プレシアはフェイトの腕を振り払った。渾身の力で体を振ると、顔
が自然と後ろを僅かに向いて、驚きに見開かれた目が映る。幼い唇から漏れた悲鳴が流線型に
変化する視界の中で千切れる。離れる瞬間、フェイトの指が手に絡んだ。
 プレシアの平手が、フェイトの頬を打った。
 甲高い音が弾け、空気が静まり返る。肩を落ちる髪の音が聞こえる程に。フェイトは目を見
開いて、赤くなった頬をプレシアに晒していた。眼窩で瞳が揺れている。
「か・・・さん。」
 その泣き出しそうな顔が、プレシアを仰いだ。目蓋の淵に透明な雫を湛え、唇を震えさせて、
フェイトがプレシアを見上げる。赤い瞳にプレシアが映る。
「フェイト!」
 駆け寄って来たアルフがフェイトの肩に腕を回した。アルフは耳を立てて声を荒げる。
「なんでいきなり叩くんだ! 酷いじゃないか!!」
 尾を垂直に巻き上げ、アルフが低く唸る。その腕の中にいるフェイトは丸い両目に涙を浮か
べて、プレシアを見上げた。藤のバスケットがフェイトの胸で軋んだ。
「フェイトはプレシアに食べて欲しくって、サンドイッチを作って来たんだ!
 それなのになんで叩くんだよ!
 忙しいのはわかるけど、ちょっと一緒に外でご飯食べるくらいいいじゃないか!!」
 背後から、水音が聞こえ続けている。床を浸す、冷たい保存液だ。
「やめて・・・アルフ。
 アルフ。」
 唾を飛ばして怒鳴るアルフの裾を、フェイトが引いた。バスケットをぎゅっと抱えたまま、
フェイトは袖口で目の端を擦る。そうして、フェイトは顔をくしゃっと潰して目を細めた。
「母さんは忙しいのに、私がわがままを言ったのがいけないんだ。」
 右手を伸ばして、アルフの頭を撫でる。橙色の毛を生やした耳が指の下で倒れた。
「でも・・・、フェイトはあんなに・・・。」
 目が溶けそうな程熱い。プレシアは目蓋を押し開いたまま、フェイトをその両眼に納め続け
る。そう、これはアリシアではない。姿形が似ているだけの、全くの別物だ。やっとわかった。
「母さん、わがまま言ってすみませんでした。
 でも、このサンドイッチだけでも食べてくれませんか?
 最近、ちゃんとご飯食べてないですよね。」
 頬を赤く染めたまま、フェイトはプレシアに優しく笑った。柔らかな金の眉毛で弧を描き、
宝石のような目を煌めかせて。フェイトは両手でプレシアにバスケットを差し出した。
「私、母さんのこと心配なんです。だって、」
 プレシアを見つめて、フェイトが満面の笑みを花咲かせた。
「私、母さんが大好きだから。」
 プレシアはその幸福な微笑みを見つめ、本当にようやく、理解した。

 今、目の前で生きているのは、フェイトだ。
 あの、金色の光の中で。

 アリシアは死んでしまった。

「違う!!!」
 弾かれたようにプレシアは怒鳴った。口から勝手に怒声が溢れて、フェイトの目が丸く見開
かれる。その顔面に向かって、プレシアは手を振り上げた。フェイトがぎゅっと目を瞑って体
を丸める。
 刹那、フェイトが放った金色の光が、プレシアの手を貫いた。
「あ・・・。」
 雷鳴の残響が歪に刻まれた耳管の中に、フェイトの漏らした声が転がり込む。フェイトは頭
を覆っていた腕を解いて、頭上を仰いだ。プレシアの手は宙で浮いたまま止まっていた。焼け
ただれた手の皮膚が、金色の残光が焦げ付く視野に映る。
「あ、母さん、ごめんなさ―――っ。」
 プレシアは腕でフェイトの胸を突き飛ばした。体に残っている力全てを集めて、軽く小さな
体を殴りつけるように吹き飛ばす。呻き声も華奢な体躯の立てる悲鳴も、渾身の力で弾き飛ば
した。
 フェイトの体が背中から床に跳ね転がる。二転したその腕から、バスケットが零れ落ちた。
籐の籠は床で一度跳ね、サンドイッチを中から吐き出す。パンが無惨に崩れながら、中身全て
が床にぶちまけられた。
「あ・・・。」
 点々と幾つものパンとレタスやチキンが転がって泥と埃とに絡み付いた。フェイトの手元、
左手のすぐ傍にライ麦パンの一枚とチキンの破片が転がっている。バターの光る表面に砂埃を
べったりと貼り付けて。
「フェイト!」
 アルフがフェイトの体を腕の中に抱き寄せた。蒼白な顔をしてフェイトは飛び散るサンドイ
ッチの残骸を追う。藤の籠が通路の縁でひしゃげていた。赤いチェックのナフキンだけが、顔
色を変えずに入り口に横たわっている。その顔面を黒い靴が踏み拉いた。
「フェイト、母さんはがっかりしたわ。
 リニスは一体、何を教えていたのかしら。」
 そう、違う。プレシアは口の中でそう呟いた。
 そう、違う。アリシアが死んでしまったなんて、そんなことはありえない。ただ目を覚まさ
ないだけだ、目を開ける為の命がそこに籠っていないに過ぎない。それを取り戻せば良いだけ
だ。
 そう、アルハザードに行くだけだ。
「アンタ・・・、どうしてこんなことするんだよ!
 せっかくフェイトが作ってきたのに、酷いじゃないか!!」
 地面を蹴ると、アルフは垂直に起立した。フェイトを庇うように前に立って、プレシアの顔
面を睨みつける。
「アンタがいきなりフェイトを叩いたからだろ!?
 フェイトに謝れよ!!」
 巨視的な系に於いて、時間とは確率的な運動の推移だ。エントロピー増大則によって生起す
る不可逆性によって、一意に経過する方向を定められているに過ぎない。だが微視的な視点で
は時間反転対称性が成立している系に於いて、時間を逆行する運動が起こる確率は天文学的な
値を凌ぎ圧倒的に小さいというだけで、その可能性が損なわれているわけではない。故に、そ
の系を構成するマクロな量の粒子全ての運動を記述する方程式を解き、逆向きの運動量を関連
する全ての物体に正確に持たせることが出来たのならば、時は巻き戻る。
 人の命も蘇る。
 だから、もう終わりだ。
 アルハザードに行けばそれが解ける。だから終わりだ。
「母さんは研究が上手く行かなくて困っているって言うのに、
 フェイト、あなたは本当に冷たい子ね。」
 一歩足を踏み出したプレシアの肩を、アルフが引っ掴んだ。服に皺が刻み込まれ、鋭い爪が
肩口に食い込む。
「プレシア。
 アンタ、自分が何やったかわかってんのか!
 冷たいのはどっちなんだい!?」
 牙の奥から唸り声を響かせ、アルフはプレシアを獣の形相で睨みつける。プレシアは煩わし
く首を振ると、座り込んでいるフェイトを見下ろした。金髪が背中を流れ、涙を湛えた両眼が
プレシアを捉える。吐き気がした。
 これが生きているせいで、アリシアが目を覚ませなくなった。
 アリシアの場所を奪っておきながら、悲しそうな顔なんて許されない。
「フェイト、この使い魔をどけなさい。
 邪魔よ。」
 フェイトは体を縮こまらせて手をぎゅっと握り締め、牙を剥くアルフへと首を巡らせた。唇
を微かに開いて、声を漏らす。
「アルフ・・、そんなに掴んだから、母さん痛いよ。」
 体の奥から寒気がして止まらない。
 掌中に杖状のデバイスが顕現する。冷たく重い、何も語らぬ杖だ。
「でも、フェイト・・・、あんまりじゃないか。」
 アルフに向けてフェイトは口角を持ち上げてみせた。唇を噛み締めて震わせながら、笑顔の
形を模倣してみせる。もう零れ落ちてしまいそうな大粒の涙が目の縁で揺らめいているのに。
フェイトは小さく首を振る。
 顔を俯け、アルフは床へと視線を巡らせた。朝から早起きして作った、あんなに綺麗でおい
しそうだったサンドイッチはもはや全て砕け、泥に塗れている。アルフは屈んで、通路の縁に
倒れている藤の籠へと手を伸ばした。
「母さん・・・すみませんでした。でも、」
 フェイトの指が硬い石の床材を引っ掻いた。中指の爪が折れる。剥き出しになった柔らかい
皮膚が痛んだ。
「どうして・・・。」
 プレシアのデバイスが紫の燐光を放ち、鞭へと形態を変化させた。視界を彩ったその輝きに、
アルフとフェイトがそれぞれプレシアを振り返る。
「かあ、・・・さん?」
 プレシアは顔を真っ白にしているフェイトを見下した。長い金髪を背中に流し、その一房を
ツインに結わえる髪型は、あの子のお気に入りだった。
「フェイト、母さんはあなたに一流の魔導師になって欲しいの。
 それなのにこんなことで魔力の制御を失うなんて、あってはいけないわ。」
 鞭を提げた腕を振るい、プレシアは歩みを刻んだ。フェイトの腰が浮き上がる。紙みたいに
色を失った顔で、ふらつく足で体を支えて立ち上がった。
「プレシア!」
 その目の前に、アルフが身を割り込ませる。だがプレシアの視線はフェイトから剥がれない。
アルフの腕を握り締めて、フェイトは喉を戦慄かせた。煩わしげにプレシアは首を擡げた。艶
のある黒髪が空中で幾何学模様を描く。
「かあ・・・さん?」
 フェイトの手足は視覚でもそれと判る程に震えていた。アルフの腕と背中を強く掴んでも止
まらない。なんでこんなにも震えているのか、自分でも理解できなかった。だって、プレシア
がそんなものを振るう相手が自分やアルフの筈が無い。プレシアは本当に優しいフェイトの自
慢の母さんなんだから。だから、プレシアの目の前に出て行けば良いのに、足が動かない。
「プレシア・・・、そんなもの持って、どうしようって言うんだよ。
 なあ、何考えてんだ?」
 アルフが手を広げてフェイトを背中に庇う。そのアルフの言葉も震えていた。だって、信じ
ていたんだ。フェイトと同じように、フェイトが好いているように、フェイトが愛しているよ
うに、優しい母であるプレシアを信じていたんだ。それなのに、どうして。
 どうしてか、プレシアは叫んだ。
「邪魔だと言っているでしょう!」
 紫紺の環状魔法陣が展開した。それと同時に爆発的な魔力が弾け、アルフが横殴りに吹っ飛
ぶ。一切の防御を許されなかったアルフの体は紙切れのように跳ね転がり、広間の中央に墜落
する。
「アルフ!!」
 喉をひっくり返らせてフェイトが叫んだ。バネのように駆け出して、フェイトは仰向けに倒
れるアルフの元に駆け寄る。
「アルフ、大丈夫!? アルフ!!」
 腕を力なく横たえたアルフの額が割れて、血が溢れていた。ぱっくりと開いた傷口から出る
血液は前髪を濡らし顔の傾斜に沿って額を横に流れて行く。
「アルフ、アルフ!」
 右手でアルフの肩を揺さぶりながら、フェイトはポケットをまさぐってハンカチを取り出し
た。
「フェイト。」
 薄らとアルフの目が開く。焦点の合わない眼差しがフェイトの輪郭を探る。フェイトは唇を
引き結ぶと、クリーム色のハンカチを額に宛てがおうと手を伸ばした。その腕が何かに絡めと
られて宙を舞った。
「えっ。」
 自分の意志とは無関係に腕が上がり、フェイトの手からハンカチが落ちる。その時、アルフ
の目はようやく大きく見開かれ、弾かれたように立ち上がった。
「フェイト!」
 中空から伸びた魔力による鎖がフェイトの両腕を縛り上げていた。鎖は見る間にフェイトを
持ち上げて、その踵は床を離れた。
「あ、あっ!」
 肘を曲げて両腕を振り回しても、手首に食い込むばかりで鎖は解けない。真っ暗な天井から
続く鎖がフェイトを宙に浮かせる。
「フェイトぉ!」
 アルフがフェイトの腰に縋り付いた。けれど、拘束魔法はなす術無く完成し、アルフはフェ
イトの膝に腕を回しか出来ない。
 プレシアの靴音が広間に反響した。

 あぁ、笑い出したい気分だ。

 最初からこうすれば良かったんだ。アルハザードに行けば、アリシアが救われる。自分もよ
うやく救われる。長い、長い呪縛から解き放たれて、ようやくあの約束の野原に行ける。
 アルハザードに行けば、全て終わりだ。

「かあ・・・さん。」
 怯えるフェイトに、プレシアは優しく微笑みかけた。
「だから母さんが、魔力の使い方を教えてあげるわ。」
 環状魔法陣から紫の光が吹き上げていた。黒い外套の裾が揺れ、紫の眼差しが暗く底光りす
る。アルハザードへ行く道を開く為の準備を整える為に、外で動く駒が必要だ。元からそのつ
もりで処分しないで来たが、アリシアを取り戻す為の方針が決まった今、これを手元に置いて
おく刻限が決まったようなものだ。もっと強く、もっと純度の高いエネルギー結晶体を探し出
さねばならない。それを揃える為には、この程度の魔法制御能力では失敗するかも知れない。
そんな失敗は許されない。プレシアは鞭で空を打った。
 アルフは手の甲で額から流れる血液を拭った。止まらない血は横に靡かれ、腕と顔とを汚し
て怒りの刻まれた顔面に染み込む。
「プレシアぁぁぁぁああああああああああああああああッ!!」
 オレンジの閃光が噴出した。環を描く輝ける魔法陣はアルフの長い髪を下から吹き晒し、青
い目の中で炎となって燃え上がる。アルフの魔力が爆発する。
 紫の光は一瞬灯っただけだった。
「―――っ!」
 力の奔流がアルフを薙ぎ払った。
「アルフ!」
 アルフの体は数メートルの距離を飛び、後方の壁に叩き付けられた。気味の悪い音が壁面と
アルフから上がる。力の抜けた体は重力に従って床に這いつくばった。
「アルフ! アルフ!」
 空中に投げ出された足でもがき、フェイトは鎖を打ち鳴らしながら身を捩ってアルフの姿を
振り返る。体重の掛かる鎖が腕に食い込み、泣きたいくらいに痛かった。
「使い魔はちゃんと命令を聞くように躾けないといけないわ。
 わかる、フェイト。」
 プレシアがフェイトの前に立っていた。片手に引き摺った鞭は鎌首を持ち上げる蛇のようだ
った。ひぅ、と変な音をあげてフェイトは息を詰まらせた。
「――――っの、やろ・・・。
 フェイトに何をしようっていうんだ。」
 四つ足でアルフが立ち上がった。額の傷から溢れた血が頬を伝って床に染みを作る。その腕
は床を離れない。アルフの左の足首は奇妙な方向を向いていた。だが、アルフは吼えた。天井
を撃ち抜くばかりの咆哮が走る。
「フェイトを傷つけるなぁぁああああっ!」
 アルフが壁面に押し付けられて潰れた。背中から壁面に叩き付けられ、口から息の塊がこぼ
れる。今まで、フェイトは聞いたことの無い音が聞こえた。
「アルフ・・・。」
 フェイトの唇は乾いていた。アルフの体は木の葉のように倒れる。耳が折れ、それでも尻尾
が一度振れた。
「く、そぉ・・・っ。」
 呻きを上げ、アルフの腕が上体を起こそうともがいた。だが、その顔すら床から離れること
ができない。変形した顔は、目蓋を切ったのか左目が開いていなかった。
「面倒ね。」
 プレシアが呟いた。フェイトの頬に魔力光が差し込む。渦巻くその力の量が示す意味が脳裏
を過る。フェイトは唇を引き結んで、不規則な呼吸を引き絞った。喉の奥に張り付いた舌を剥
がし、絡まりそうな声を振り絞る。
「アルフ、私は大丈夫だから・・・。
 だからもういいよ、ありがとう。ちょっと、下がってて。」
 腕で体を支えていたアルフの動きが止まる。顔がゆっくりと動いて、フェイトを振り向いた。
遠くて、暗くて互いの表情はよく見えない。けれど、アルフの耳が水平を向いて、緊張を解い
ていないのはわかった。
 心臓が煩い。笑うのには力が必要だった。フェイトは手で拳を作って、どうにかそこから微
笑みを浮かべるための力を捻り出す。
「大丈夫だから、アルフ。
 お願い。」
 頬を上げて、目を細めてフェイトは笑って見せた。掌と背中に掻いた汗はアルフにはわから
ない。フェイト自身にも、その理由はわからなかった。だって母さんがアルフが想像している
ようなそんな酷いことをするわけない。絶対に。だって、自分は母さんの娘なんだから。信じ
れば良いだけだ。だから、大丈夫だ。
 甲高い風を切る音がした。
 何かが壁を激しく叩いた。
 フェイトは首をそちらへと巡らせる。自分の正面、かの人が立つ方へと。手を握り締めると
鎖が手首に食い込んだ。
「だ、・・・だいじょうぶ、だから・・・。」
 消えそうに震えて、フェイトは笑った。プレシアがフェイトの目を見ていた。塗り潰された
ような目だった。唇が薄らと開き、滑らかな円弧を描く。プレシアは笑っていた。
「フェイト。」
 びくん、とフェイトは震えを体に走らせた。自分でもどうしようもなくて体が震えて、腕を
引き千切ろうとする鎖が耳障りに鳴る。息がし難いのはつり下げられているせいだ、フェイト
は大きく口を開けて上手く動かない肺の分まで空気を飲み込む。床が遠い、足を幾ら伸ばして
も下になんて届かない。朧な自分の影が妙に小さい。
 はぁ、はぁっ。自分が吐き出す息が荒い。心臓が痛い。恐い。
「か、かぁ・・・・さん。」
 プレシアが手にする鞭がしなる。唇を噛み締めても、呼吸が収まらない。唾液が喉に絡んで、
耳の奥に音が籠る。
「か・・・さん。」
 その鞭を何に使うの。
 動物を叩く為のもので、私に何を、何を―――。
「か・・・かあさん、何をするんですか。
 何を・・・・かあさん。」
 プレシアは鞭の形状を取ったデバイスを振り上げた。鞭の先が頭上を越え曲線を描く。プレ
シアは嬉しくって、目を細めて笑った。だってもうじき、アリシアが戻って来る。こんなただ
の失敗作の為に、ただの人形に、これ以上アリシアの場所を奪わせなくて済む。
 そう本当に生きているのはアリシアだ。
 あれだけの実験の末に立ち上がった、あれだけの肉片の廃棄の末に立ち上がった、あれだけ
の死体の上に立ち上がったこんなものなんて、

「わ・・・ぁ、わた、わたし・・は。
 かあさ・・・。」
 フェイトは振り上げられる鞭の軌跡を祈るように見つめた。だって自分は動物じゃないから
鞭で叩かれるような獣じゃないから母さんの娘だからやさしいかあさんの

 早く、

 息を忘れる程の痛みが、胸を袈裟懸けに走った。
 燃えるような痛みが喉を焼いた。
「・・・あ、ぁぁ・・・・あ。」
 目の奥で光が明滅する。胃の中のもの全部吐いてしまいそうで、声が上げられなかった。恐
くて、自分の体を見下ろせない。胸から脇腹までに生まれた熱から、何かが染み出して来る。
何かが体の中から垂れて来る。
「は、ぁ・・・っ。」
 見ない方が、恐かった。
 硬く結ばれてしまった目蓋をこじ開けて、自分の体を見下ろした。白いワンピースが裂けて
いた。服の間から覗いた胸に、赤く黒い裂傷が走り、血が滲んでいる。息をするだけで、肌が
引き攣って痛い。鼓動に合わせてじくじくと胸が抉れる。
「あぁぁ・・・ああ・・・。」
 涙が溢れた。縁いっぱいまで溜まって、睫の先で震える。プレシアの姿がその水滴の奥で不
思議と光を纏って見えた。あの日みたいな、花の冠を作ってくれた時みたいな、笑顔だ。
「・・あ・・かぁ・・かあさん・・。」
 その煌めくような笑顔のまま、プレシアが腕を振るった。
 腹が真横に引き裂けた。
「フェイトぉっ!」
 体ががくがく震えて、手を縛り上げる鎖が煩く鳴り響く。自分の体じゃないみたいに体が勝
手に痙攣する。アルフの絶叫が響く。
「やめろよプレシア!
 やめろ、やめろよ、お願いだ! どうして!!」
 もがくばかりでアルフは立ち上がれない。その場を転がることしか出来ない、魔法も、どう
してアルフの魔法がプレシアに通用するだろう。どうしてこんなことになるんだ。だって、フ
ェイトは今までプレシアの為に魔法の勉強も頑張って、泣き言も寂しいともわがまま一つ言わ
ないで来たのに。今日だって、ただお昼を一緒に食べたかっただけなんだ。プレシアの為にサ
ンドイッチだって作ったんだ。
「なんでだ、なんで、なんで・・・っ。
 なんでだぁぁぁあああああああああああああああああっ!!!」
 喉を割る悲鳴と共にオレンジの閃光が弾け、しかしプレシアまでは届かない。フェイトを守
ることも出来ない。世界の色が変わる、黒く。あの目の奥で輝いた万華鏡の光が消える。フェ
イトが、
「ご、ごめんなさい・・・かあさ・・ん。
 かあさん・・。」
 声を振り絞った。自分が悪いんだ。母さんが仕事で忙しくて、研究も上手く行っていないの
にわがままを言うなんて、母さんの気持ちを無視してる。傷つけたんだ。この前頼まれた探し
物だって、結局、無傷のまま持って来れなかった。言われたこともまともに出来なくて、自分
のわがままばっかり言うなんて最低だ。だから、本当に辛いのは自分じゃない。本当に辛いの
は、
「かあさん・・・。」
 プレシアは鞭の柄を持ち上げた。吊り下げられたフェイトの足元に血液が落ちている。鞭の
先には、こそげ落ちた皮膚が貼り付いていた。フェイトは真っ白な顔で、プレシアを見上げて
いる。プレシアは、胸中で懺悔した。あぁ、ごめんなさいアリシア。今まで寂しい思いをさせ
て。母さんが間違ってこんなものを作ったばっかりに、母さんがこれを処分出来なかったばっ
かりに、一人で寂しかったでしょう。
「フェイト。」
 凍土が溶けるような心地で、プレシアは頬を綻ばせた。
 フェイトが唇を僅かに微笑ませた。

 でも、もう大丈夫よ。

 鞭がフェイトの右腕を切り裂いた。
「あ、ああああ・・・、ぁ。」
 血管を傷つけたのか、腕の内側から血が噴き出した。フェイトは引き攣るように頭を何度も
左右に振った。違う、ちがう、ちがう。嘘だ、本当に辛いのは私じゃない。本当に辛いのは、
ほんとうに、ほんとうにつらいのは
「ああああああああああああああっ!!!」 
 プレシアの振るう鞭が胸を叩き切った。

 直ぐに、アルハザードであなたを、救ってあげるから。

 喉を開き、フェイトが虚空に絶叫する。
「かあさんごめんなさい!!」