好きという言葉で










「フェイトちゃん、とうとうこの因縁に決着をつけへんとあかん時が来たようやな。」
 薄らと笑みすら浮かべ、はやてが押し殺した声で囁いた。それは淡い色に変わり始めた日差しにも紛れず、
フェイトの目の前で砕ける。まるで違う世界で、まるで幻覚の様で、でも現実なのだと、明るい輝きを宿す
はやての眼差しが告げていた。陽光に透けた榛色の柔らかな前髪を、午の風が吹き上げる。
 フェイトは喉を鳴らして唾液を飲み込んだ。はやての手にする杖の間合いに自分はもう入っていると気付
いていた。フェイトの掌中は空っぽだ。だから距離を取らなければならない。それなのに、靴底が妙に引っ
かかって上手く退くことが出来ない。そのうちに、はやては静かに距離を詰めていた。銀色の閃きが杖に灯
る。
 はやてが大きく踏み込んだ。腰溜めから鋭い一閃を振り抜いて、彼女の騎士の術を解き放つ。
「紫電一閃!」
 杖の先で風が引き裂かれる。フェイトは時間を引き千切るように後方へと飛び退る。その一撃は眼間を掠
め、髪を撃
 不吉な重たい音が、振り抜いた杖の先から響いた。
 フェイトは背中に冷たい汗が噴き出すのを感じた。生まれた緊張に手が震え出す。フェイトは強ばった首
を回して、はやてが振り回したクラッチ杖の先を見た。
「植木鉢・・・。」
 水道の上。はやてのクラッチ杖は素焼きの植木鉢に突き刺さっていた。咲いていたひまわりが散乱する土
と共にうなだれている。
「あ、・・えー、あーっと・・・。」
 壊れた絡繰り人形の様に動くはやての顔面は蒼白だった。
 二人の間を駆け抜けた風が白いスカートを煽り、むせ返るような夏の匂いを吹き上げた。上空に立ち上る
入道雲と吸い込まれるような青い空の下に蝉の鳴き声が満ちている。焦げ付くような太陽に汗が額から噴き
出して、はやてとフェイトの沈黙が木漏れ日色に彩られていく。
「なんかすごい音が聞こえたけど、だいじょうぶ?」
 椿の陰から、竹ぼうきを持ったなのはが顔を出した。
「あ、なのは・・、え、えっとその・・・、ね。」
 フェイトは手を意味なく振りながら、言葉にならない声を出した。だが、目が回るばかりで口は回らない。
「どうかしたの?」
 なのはは首を傾げると、竹箒の先を少し引き摺りながら歩み出て、フェイトの後ろに立っているはやてへ
と目を向けた。はやてはうなだれる花を思ってか、植木鉢に突き刺さった杖を抜くに抜けないまま、彫像の
ように固まっていた。


 アリサが指折り数える。
「えーっと、柿ドロボウでしょ、迷子でしょ、
 この前は水たまりに突っ込んで、その前は池に落ちたのよね?
 で、今回は植木鉢を割ったわけ?」
 片手の指が全て折れた所で、アリサは教室の端に正座する二人を見下ろした。
「バッカじゃないの?」
 鋭いナイフが突き立って、フェイトは思わず息を詰まらせた。はやてが歩けるようになってこの方、学校
帰りに結集する海鳴探検隊はひさんな事故で終わることが多い。誰も食べないみたいだから、と採ってみた
柿は怖いおじさんの家ので、しかも渋柿だったりしたし、知らない道に分け入ったらいつの間にか野原のた
だ中に立っていて帰れなくなってリンディやシグナムに怒られたこともある。ザリガニ釣りをしに池に行っ
たら、濡れた下草を踏んではやてが落ちて、腕を掴んだフェイトも落っこちた。雨の日の朝、はやてにタッ
クルをされて水たまりに一緒に転んで、そのまま家に帰ったこともあった。
「まあまあ、アリサちゃん。二人ともさっきまで先生に怒られてたんだから、ね?」
 どう考えても五年生になって重ねた犯行の多いはやてとフェイトを、すずかがそっと庇ってくれた。なの
はもすずかに同調するように頷いている。
「せやせや! それに、悪気があってやってるわけやないんやもーん。
 フェイトちゃんと遊ぶのが面白いんがあかんのや!」
 けれどはやては唇を尖らせて反意を唱えた。先生に怒られてひまわりを植え替えている時は涙目だったの
に、とフェイトが恨めしく思って見ていると、なのはが呆れたように笑った。アリサがはやての頬をつねく
る。
「常識の範囲内で遊びなさい、って言ってんのよ。」
 頬をだらしなく伸ばされながら、はやてはキリッと引き締まった表情をする。
「そんなせせこましいことを言っとるから、ありふれた日常を突破でけへんのですー。」
「アンタはどこのシンガーソングライターなのよ。」
 ぎりぎりと頬を引っ張っても、間抜け面が強調されるばかりで、はやての不敵な目つきは変わらない。ア
リサはため息と共に肩を落とした。
「ほんっと、アンタって仕方ないわね。
 毎回毎回、びっくりさせられるこっちの身にもなって欲しいもんだわ。」
 アリサが手を離す。はやては手で頬を擦って「私のうつくしい顔が、のびてしまったやないの。」なんて
呟いている。そんなはやてをアリサは横目で一瞥した。
「アンタ、ほんとフェイトのこと好きよね。」
 はやての瞳がきらっと光った。白い歯を覗かせて、はやてはフェイトの肩をぎゅっと抱き寄せた。
「うん、フェイトちゃんのこと大好きやで!」
 アリサが、あっそ、と褪めたフリをして返して、すずかが微笑んだ。なのはは笑いを噛み殺そうとしなが
ら目を細めて、はやてはフェイトに頬をくっつけてピースサインを翳した。放課後で、みんな帰ってしまっ
た後で、電気も点いていなくて、でも真夏の教室は眩しいくらいに明るかった。