×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。








旅立つあなたに花束を B





 朝からシャマルはリンディと連絡を取り合っていて忙しそうで、シグナムはと言え
ばいつもの十倍くらい素振りをしていた。今日のシグナムの素振りは、遠足の前の日
に寝られんようなもんやね、とはやては称していた。実際、心は相当乱れているみた
いで、何度やっても剣先は同じ軌跡を描かず、そして本人の表情も取り繕ってはいる
が、ききせまるものがあった。
 肝心のはやてはというと、急遽、格好いいお兄さん役に任命されたザフィーラの為
に、服を選んでいるところだった。普段は飼い犬として過ごしているため、普通の服
を持っていないが、昨日の今日で用意も出来ないので、バリアジャケットのデザイン
変更で対応しようと、はやてが雑誌を捲っては気に入った形に変更させている。
 たまに変な格好をさせられて、ザフィーラは困ったような声をあげている。しかし
はやてはそれすらも気に入っているのか、
「ザフィーラは体格ええから、何着せても似合うなあ。」
と仕切りに頷いている。そして何気に、ザフィーラもはやてに構って貰えてうれしい
のだろう、うっかり出ている尻尾が、ちぎれんばかりの勢いで左右に振れていた。
 ヴィータはそんなみなの様子を尻目に、暇を持て余していた。素振りなどしたくも
ないし、かといってあれだけうれしそうなザフィーラにちょっかいを掛けるのも気が
引ける。
 ソファに座り、天井を見上げる。学校とは、どんなところか想像するしかないが、
同じ年齢の子供が何人も集まって教育を受ける機関らしいとは聞いている。
 過去、他の主はさて学校に通っていただろうか。ヴィータは思い出そうとしたが、
はっきりと思い出せる人物はろくにいなかった。顔や名前は朧気ながら浮かぶが、で
はそれがどういった人かとなると、よくわからない。
 多分、これこそが、狂ってしまったところなのだと思う。夜天の魔導書の名すら忘
れていることに気付かなかった。闇の書が完成すると、間もなく主が死ぬことすら、
自分達は記憶していなかった。
 こんなに簡単に、記憶領域を操作されてしまうあたり、自分たちははやてとは違う、
やはり魔力と数字の塊なのだと思う。演算機能の塊、論理回路。トランジスタとか入
ってんのかな、と少し考えて笑ってしまう。あんな古典的なもので組もうと思ったら、
きっとこの家に入りきるまい。
 夜天の魔導書として、旅の空に居た頃は、どうだっただろう。
 その頃のことのほうが思い出せるような、そんな錯覚を覚えて、でも明確なイメー
ジはなくて。
 ただ、どんな凍える夜空の下でも、寒くなかったことだけは、思い出せた。

「ランドセル…か。」
 無意識に口から滑り出たセリフに、自分でもなんだっけそれと悩む。脳裏にキーワ
ードがぽつりぽつりと浮かぶ。小学生、通学、なのは…、二階の物置。
 ヴィータはソファから飛び出した。ツンのめり、半ば転げるようにして階段を掛け
上がる。そのけたたましい足音に、部屋に戻ってきたばかりのシグナムまで、怪訝な
顔をした。
「どうしたんやろ。」
 はやてが首を傾げると、今度は鈍く重たい音が何度も響く。床が傷つきそうな音。
それが一分も続いたころだろうか。不意にやんだ。そして、今度は階段から転がり落
ちてくるようなすさまじい音がして、ヴィータがリビングに飛び込んできた。
 その手には赤いランドセルがあった。
「はやてはやてはやて!
 ランドセル!
 これが無きゃ始まんねぇ、って、老人会のじいちゃんたちが言ってたぞ!」
 はやての胸にランドセルを押付けて、ヴィータが飛び跳ねる。はやてはランドセル
を見つめたまま、口を閉ざした。ほとんど新品と大差ないランドセルに傷は無く、埃
だけが厚くこびり付いている。
 何処にしまったのかも忘れていた。休学が決まった時、目に付かないところに置こ
うと、そう思って、二階にしまってもらったのだ。
「よう見つけたなあ。
 でも、座ったままじゃ背負えへんよ。」
 はやてはランドセルの留め金に手を掛ける。回す部分に埃とサビが入り込んで、動
かすのには力が必要だった。ランドセルを開く。中には入学式の時に貰ったプリント
が入っていた。紙は黄ばんで、文字は掠れている。
 はやてはランドセルのポケットにも手を入れる。大きいところには特に何もなかっ
た。だが、最後に一番小さい、チャックの付いたポケットに手を入れると、指先に柔
らかいものが触れた。不審に思い、はやてはどうにか摘まんでそれを引き出す。
「主はやて、それは?」
 覗きこんでいたシグナムが尋ねた。フェルトで作られた、掌に収まりきるようなサ
イズの巾着に、シグナムの目には映った。表面には文字が刺繍されている。はやての
表情が泣き出しそうな、嬉しそうな、そんな風に滲んだ。
「お守りやよ。」
 はやてはそれを両手で包み込むと、胸の中に抱きしめた。