旅立つあなたに花束を C





「もう一回言ってもらっていいですか?」
 石田先生の目が据わっている。シグナム、シャマル、ヴィータは顔面を蒼白にしなが
ら廊下に立たされていた。石田先生はシグナムに詰め寄る。気圧されたシグナムは言葉
尻をしぼませながら、先ほどの言葉を繰り返した。
「歩行訓練中に、転んで、・・・・怪我をしました。」
 息も詰まるような威圧感が三人を飲み込んだ。石田先生の周りに陽炎が立ち上ってい
るような気さえする。ヴィータが喉を鳴らした。
「はやてちゃんは頑張りすぎるところがあるから、
 無理させないようにしてくださいって、言いましたよね?」
 三人は更に縮こまり、「すみません。」と蚊の鳴き声のような返事をした。しかし、
石田先生は厳しい、というか相当ご立腹の様子だった。
「聞えません。」
 三人は声を揃えて頭を下げた。
「すみませんでした。」

 とりあえず、病院に併設されているカフェで、それぞれコーヒーやらを口に運びなが
ら向かい合う。今までにも度々こんな風に話すことはあったが、三人揃って叱られた後、
という状況は初めてだった。
「少し腰を打っただけだったからよかったものの。
 はやてちゃんは3歳の頃からずっと歩いてなかったんだから、
 そんなに早くみんなと同じように歩けるようにはなりません。」
 今日、何度言われたか判らない言葉を繰り返されて、シグナム達はただただ頭を垂れ
る。
「筋肉だってやっと付き始めたっていうのに、
 怪我で歩けなくなったら、
 数か月分後戻りするんですよ。」
 返す言葉もありません、とシグナムがさらに深く項垂れた。石田先生は反省しきった
様子の三人を見てため息を漏らす。
「はやてちゃんが学校に通いたいって頑張るのはすごく良いことです。
 今まで、どんな治療にも消極的で、
 はやてちゃん、内心諦めてたんでしょうね。」
 それは想像に難くないことだった。両親を失い、だんだん麻痺が広がっていく体を抱
えて一人きりで。シグナムがテーブルの下で拳を握り締めた。
「でも、あまりに期待をかけて、
 はやてちゃんの負担になることは、いいことではありません。」
 石田先生の言葉が突き刺さる。
 押付けてばかりだった。はやてが何でも笑って許してしまうから、それに甘えていた。
支えるはずが寄りかかっていたのはこちらだったのだ。
「はやてちゃんがいつまでも全部一人で抱え込んで、
 そういうままでいいんですか?」
 自分達がはやての周りにいることで、少しでも助けになればいいと思っていたのに、
余計に一人にしていた。それが、悔しい。
「無理して笑うより、頼って貰いたいとは思わないんですか?」
 石田先生が、言葉を切った。シグナムが顔を上げると、その決然とした眼差しと、視
線がかち合った。静かな、しかし確実な力を持った声が打つ。
「家族なんでしょう?」

「少し、立ち入った話をしすぎましたね。」
 石田先生は頭を振って、少し笑った。ヴィータとシャマルが顔を上げる。シグナムは
拳を解き、もう一度握る。
「いえ、目が覚めました。」
 その顔には、先程までの萎縮した様子は残っていない。背筋を伸ばし、まっすぐに石
田先生を見つめる。心からの願いがあるからだ。大切な人へ向けた願いが。
「今は寄りかかるに頼りないのかもしれません。
 でも、必ずなってみせます。」
 シグナムは噛み締めるよう、その願いを立てた。
「はやての本当の家族に。」