雨に濡れたアスファルトを眺めている。暖房で曇った窓を薄らと開けて、隙間から滑り込む冷たい湿った 空気がまことの肌に青く触れている。微か透ける雲には夜の色が垂れて、空は暗く染まり始めていた。レー スのカーテンの向こう、曇ったガラスの先、近景から遠景へと続く街並を越えて雲の向こうで、今日が終わ ろうとしている。癖っぽい前髪の一筋が重力に逆らって風に踊り、まことの唇は上機嫌そうに弧を作ってい た。 目だけが遠くを見ている。暑くなったからこたつには入らなくて、窓を開けているのは暖房で空気が籠っ ているかららしい。亜美をそっとして置くのは、明日図書館に返す本が読みかけなのを気遣ってくれてのこ とだ。 じゃあ、遠くを見ているのは、なんでなの? 何度も喉から出ようとして胸につかえている音が、肋骨の中で跳ね返る。四人でも、五人でも座れるこた つに一人で入って、ずっと持ったままの本に汗が滲んでいく。亜美は目もくれないままページを擦った。も う一時間も前に読み終わって、ただ過去に木だった紙片をいじっていた。 例えば、かけてあげるべき言葉が、泣いてもいいよだったとして。 窓からは雨音が響いて来ている。屋根へ、手摺へ、アスファルトへと水滴が落ちる音が跳ね回って最後、 空気の籠ったこの部屋に届く。 受け止めることも、流して上げることも出来ないままいる自分は、空が真っ青に染まって夜へと変わるの を待っているだけなのに。そうして彼女が未だに言えないでいる、帰りなよ、という言葉をずっと覚悟して いるだけなのに。 どうして、泣いてもいいよと、言えるだろうか。