足の裏で夜露に湿った柔らかな草が地面に押し付けられた。素足は泥と草の香りに濡れ、耳はゆっくりと
近づく漣の音を追っていた。明かりは木々生い茂る頭上に覗く、地球から降り注ぐ青い光だけだ。
 宵闇の木陰を、彼女は歩いていた。
 自分では目的をわかっている。多分、逃避だ。
 冷えた空気と裏腹に、草木を掻き分けて進む体が熱く、吐く息に疲労が混ざる。目尻が滲んで夜の青が黒
に紛れて、引き返さなければという気持ちが胸の内側を掻き毟る。あぁ、ほら、こんなだから務まりっこな
い、夜明けと共に拝命する大いなる責務なんて。
 足首が水に埋まった。落ち葉が沈んだくぼみは小さな泉となり、水面で薄い星明かりが揺れている。爪の
間から染み込み、踝まで浸す冷たさに足が止まった。
 息が荒い。
 額には汗が浮かび、癖毛がうなじに貼り付いて気持ちが悪い。肩を揺らせて呼吸をしながら、首の裏を掌
で拭った。