---- 第一話 エリカ、リーダーです!





 外に出てみると、火の手が上がっているのは、広場だけでなく、エッフェル塔各階の展望台も同様であ
ることがわかった。数え切れない人が、ちりぢりになりながら階段から駆け下りてくる。4基のエレベー
ターはもはや、一台たりとも動いてはいないようだった。
 エリカは口元を両手で押さえながら、呻いた。
「酷い・・・。」
 思わず立ち止まるエリカの横を、エビヤン及びその場にいた数名の警察官と、警備会社の人たちが駆け
抜けていく。怪人の無差別な攻撃ゆえに、エビヤンたちは既に拳銃を抜いていた。怪人は両手で持っても
まだあまるような大きな鋏を振り翳して、ご機嫌といった様子で軽いステップを踏んでいる。
「あ、そこの人!
 危ないですからこちらに、さあ!」
 エッフェル塔管理会社の人間だろうか、誘導の人がやってきて、エリカの肩を押した。しかし、エリカ
はそこに立ったまま怪人の姿を見つめ続けるばかりだった。エビヤン達が必死に取り押さえようと応戦す
るが、巴里の街を騒がせ続けている怪人はなかなか隙を見せようとはしない。逆にだんだん、警察官達が
抑され始めている。
 警察官の一人が、怪人の一撃を喰らって吹き飛ばされた。
 火の手があげる低い音と、人々が漏らす悲鳴が、一際大きくなった気がした。
「あ、君!!」
 次の瞬間、エリカは誘導員の制止も聞かず、先程捕まる原因となったマシンガンを構えて、怪人の所へ
と駆け出した。この巴里を守る、その思いが、エリカを突き動かしていた。
 そして、同じ思いを抱いている人間は、エリカ一人ではなかった。
 逃げ惑う人々の雑踏の中から、一つの人影が飛び出した。その人影は、既に倒れている警備員達を飛び
越えて、一気に怪人に迫る。
「うおぉぉぉ!」
 それは、エリカと年の変わらない少女だった。豊かな金髪が、駆け足に晒されて曲線を描く。彼女は手
にしていた身の丈よりもある斧を振りかぶると、怪人に挑んだ。
 ガッ!!
 振り向いた怪人の鋏が、彼女の斧を受け止める。
「お前は何ピョン?
 俺様の邪魔をするとは、許せないピョン。」
 ぎぎぎぎ、と鋏と斧が擦れ合って不快な音を立てる。
「この巴里を、貴様の好きにはさせん・・・!!」
 拮抗する力と力。しかし、押し負けたのはやはり、少女の方だった。鋏に思いっきり斧を弾き返されて、
彼女の両腕が無防備に身体を曝け出す形で跳ね上がる。
「ラビッと切るピョン!」
 大鋏が彼女の胴体を捕らえた。その瞬間、エリカは怪人に照準を当てた。
「だめぇぇぇ!!」
 ヘッドスライディングで平行に移動しながら、エリカはトリガーを引く。噴出する空薬莢。硝煙とスラ
イディングによる振動のために、視界が悪くなる。でも、あの少女には当たらないと、何故だか確信めい
て思っていた。
 少女が飛び退り、充分に距離を開けるのと、エリカのスライディングが止まるのはほぼ同時だった。あ
れだけの弾幕を受けた怪人はというと、しかし、エリカのマシンガンを受ける前とまるで変わらぬ様子で
立っていた。
「背中がかゆくなったピョン。
 今度はこっちの番でいいピョンね?」
 元から悪い人相をより凶悪にして、そのウサギっぽい怪人は残忍な笑みを浮かべた。そして、短い首を
回して、エリカへと目を向けた。
「まずは、お前から切ってやるピョン!」
 叫んだ直後。怪人の姿が消えた。
「え?」
 ぽかんと口を開けるエリカ。先程の少女も、唖然として周囲を見渡している。すると、あらぬ方向から、
男性の声が、そうエビヤンの声が鋭く響いた。
「上だ!!」
 その声に、エリカは反射的に腹ばいの姿勢から起き上がった。それとほぼ同時に、二つの大きな足が、
つい先程までエリカの頭があった位置に着地した。エリカの顔が青ざめる。振り仰ぐと、赤いサングラス
の奥にある目と、視線が合った気がした。背中をつめたい汗が濡らす。そのときだ。
「本官の前で、
 そんなことは絶対にさせん!!」
 エビヤンが吼えると同時に、怪人とエリカの間に飛び込んできた。しかし、怪人は自慢の鋏と怪力で、
エビヤンの体を叩き上げた。軽いとは言えないエビヤンの体が、あっけなく宙を舞う。
「エビヤンさん・・・!」
 名前を呼ぶのが、今のエリカには精一杯だった。目の前で、怪人が鋏をエリカに向けて開く。離れたと
ころで、先程の少女が立ち上がろうともがいているのが見えた。その両のわき腹が赤く染まっている。
 逃げられない。
「ラビッと、切るピョン!」
 最後の予感に、エリカは固く目を閉じた。

 閃光が、辺りを覆った。



 閃光が収束すると、エリカは恐る恐る目を開けた。お腹で真っ二つになっても、あんまり痛くないもの
なのね、とぼんやり思いながら。目の前に、怪人の姿は無かった。エリカから随分離れたところに立って、
こちらを恐る恐ると言った風体で観察している。
 エリカはそれを疑問に思いながら、二つに分かたれた自分の身体を見下ろした。
「って、あれ?
 エリカの体、まだくっついてる。
 どうして?」
 エリカはまだ五体満足だった。それだけではない。修道服を着ていたはずなのに、違う服にいつの間に
か着替えていた。わたし、早着替え得意だったんだ、などと思いつつ、自分の服装をしげしげと眺める。
修道服と同じ赤を基調にした服で、上着は燕尾になっている。ブーツはオーバーニーの白いものだ。生地
自体は今まで触れたことの無い手触りをしていた。身体にフィットしているというのに、動きにくいとこ
ろのない服だ。
「大丈夫か!?」
 いいながら、駆け寄ってくる人影が在る。エリカが顔を上げると、それは先程の少女だった。エリカと
同じデザインの、色違いの服を着ている。こちらは青が基調だった。
「はい、なんか大丈夫です。
 あなたは、さっきの傷大丈夫なんですか?」
 この人も、早着替え得意なんだ、とか思いつつ首を傾げると、彼女はああ、と肯いた。
「それほど深い傷ではない。
 心配するな。」
 答える彼女の肩越しに、エリカは辺りを見回した。すると、雑踏に弾かれたかのように、エリカたちと
同じように立っている人が、ほかに三人居た。皆、同じデザインの色違いの服を着て。
「な、なんなんだピョン?」
 怪人がエリカたちを見ながら、圧倒されたように呟いた。ほかの三人も、エリカと少女の所に集まって
くる。皆、何故自分がこんな格好をしているのか、わからなかった。
「おい、一体なんだよこりゃあ。
 アタシには仮装の趣味なんてないんだけどねぇ?」
 目付きの悪い柄の悪そうな女性が、一歩はなれたところで、うんざりと言い放った。
「気付いたら着替えてたんだよ!
 すごいよね、すごいよね?」
 10才過ぎと言った風な女の子が、飛び跳ねながら報告する。最後に来たのは、黒髪の少女だった。
「花火・・・。」
 エリカの隣に立っていた、金髪の少女が―――遠くから見ても判らなかったが、碧眼だった―――その
子を見て、驚きを隠せぬ様子で漏らした。花火と呼ばれた彼女も困惑したようすだった。頬に手を当てて、
俯き加減で言う。
「グリシーヌ。私、一体どうしたでしょう。
 気がついたら、こんな格好になっていて。」
 グリシーヌにも訳は判っていない。ただ、言葉を濁して、呻っただけだった。しかし、そこでやおらエ
リカが元気いっぱい声を上げた。
「みなさんの中にある、巴里を守りたいという愛と正義が、わたし達を変身させたんです!」
 変身って、なんだよおい、と柄の悪い女性が言ったが、エリカの耳には届かなかった。
「神は、わたし達に巴里を守る力をお与えくださったのです。
 わたし達は5人で1組!
 力をあわせて、あのうさぎさんから巴里を守りましょう!」
 皆がぽかんとなっている間にも、エリカの演説というか、独断は続いていく。
「で、チームになったからには名前が必要ですよね?
 エリカ、一晩悩んで考えたんです!」この時点で、まだ一晩経ってないと突っ込むほどに、頭が動いて
いる人間はいなかった。エリカは拳を振り合えて、堂々と宣言した。

「黒猫戦隊パリレンジャー!!」

 遠くの方で、呆気に取られている怪人が、もさもさの手で拍手をした。

「それでですね、やっぱりチームにはリーダーが必要だと思うんです。
 どう、ねえ、やってみない?」
 そこでくるっと一番小さな女の子にエリカは話を振った。女の子は、両手をぶんぶんと振る。首もぶん
ぶんと振る。
「無理だよー!
 ボク、リーダーなんてどうすればいいかわかんないもん!」
 不満そうに口を歪めて、エリカは、
「えー、それじゃあ、あなたはどうですか?」
と花火に今度はその矛先を向けた。
「え、私ですか?」
 花火が目を見開く。しかし、それを遮ったのは、柄の悪い女性だった。
「いつまでもくだらない話してんじゃねぇ!
 これ以上、ウサギ野郎のいいようにさせていいのかよ?」
 吐き捨てるように言い放ちながら、彼女は手首から垂らした鎖を拳に巻きつけていた。怪人に向き直り
身構える彼女の姿は様になっている。
「えー、でも、リーダーがいないと始まらないですよぅ。」
 猶も不満を述べるエリカに、彼女は一瞥もくれずに言った。
「話合う必要なんてないさ。」
 どうせ、誰もリーダーなんて柄ではなさそうだし、それに。――――ロベリアはほんとうにうんざりと
しながら、ため息混じりに告げた。
「しかたねぇだろ?
 赤いのお前なんだから。」
 ロベリアは眼鏡越しに、エリカを見た。

「お前がリーダーだ。」

 それを聞くと、エリカは3秒ほど固まっていたが、すぐに顔を輝かせた。皆、異論は無いようだ。赤い
のはエリカだし。エリカは先程と同じように、しかし、先程よりも胸を張って堂々と、天に向かって声を
上げた。

「エリカ、リーダーです!
 黒猫戦隊パリレンジャー、出撃!!」





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巴里を守るという任務を帯びているのに、
なんだこの顔ぶれは!
シスターに子供、果ては花火まで!
しかも、極め付けが犯罪者だと!?
私はこのような不逞の輩が
パリレンジャーなどとは認めない!

次回、黒猫戦隊パリレンジャー
第二話・パリレンジャーの資格

愛の御旗のもとに

お前にパリレンジャーが務まるものか!




























黒猫戦隊は見切り発進です。
細かいことには突っ込まない方針で銅像。