「花火、誕生日おめでとー!!!」
 クラッカーの音と、みんなの笑い声が晴天に響く。









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「お、これお前が作ったのか?
 なかなかうまいじゃないか。」
 ロベリアがタルトを齧りながら満足そうに言う。
「でしょでしょー?
 自信作なんです〜!」
 シーはほめられて素直に喜ぶ。そこへエリカが後ろから飛んできて、ロベリアの首に抱きついた。
「ロベリアさ〜ん!
 来て下さったんですねー!
 エリカ感激ですー!!」
 歓声を上げながら、エリカはロベリアの背中に顔をぐりぐりと埋める。エリカの額が背骨を圧迫してい
て、ロベリアはエリカ以外の誰もに聞える声で悲鳴を上げる。
「ヒューヒュー!
 やっぱり、エリカさんって最強ですね。」
 もっとやっちゃえ、とうっかり調子に乗って言いそうになるシーを、メルが小突いて止める。
「エ、エリカ・・・っ!
 花火の誕生日なんだから、花火に、」
 ぎりぎりと締め上げてくるエリカの腕を、ロベリアはがっしりと掴み、渾身の力で引き剥がす。おお、
と皆が感心して見守る中、ロベリアは気合一閃、エリカの腕を振りほどき、その身体を花火の方に投げ
つけた。
「抱きついて来いよ!!」
 どん、と背中を押されたエリカは「きゃあー!」と情け無い悲鳴を上げながら、テーブルの中央付近
でコクリコ達と談笑していた花火に、思いっきりぶつかった。
「きゃ!」
 背中からぶつかられた花火が前のめりに倒れそうになるのを、グリシーヌが支えに掛かる。しかし、
どうにもバランスもタイミングも悪い。
「あああぁぁぁ・・・・・。」
 コクリコ、ロベリア、メル、シー、大神、みんなの口から似たようなため息が漏れて。

 べしゃ、と三人は芝生の上に倒れこんだ。

 エリカと花火、二人の下敷きになっているグリシーヌの口から、うぅ、と呻き声が出る。晴天の中庭
だというにも関わらず、やや顔面が青い気がした。エリカが「いたた・・」と頭を抑えながら上体を起
こす。
「ロベリアさん、ひどいですよぉー。」
 恨めしげに口を尖らせて、はあ、とため息をついて、そのまま座り込む。花火の背中の上に。花火は
エリカを振り仰ぐこともかなわないまま、恐らく、自分達を下敷きにしていることに気付いていないで
あろうエリカに声を掛ける。
「あの、エリカさん・・・。
 その・・・どいていただけませんか?」
 自分の真下からの声に、エリカはしかし、顔を左右にきょろきょろとさせた。
「え? 花火さんの声です!
 どこからですか!?」
 エリカは本気で探しているのだから困りものだ。
「下です。」
 花火が困り眉毛のまま言う。
「どこの下ですかー?」
 エリカはテーブルの下を覗き込もうとして、ふと、コクリコが視界に入り込んできたことに気付いた。
ものっすごい呆れ顔で、コクリコはエリカの足元を指す。
「エリカの下だよ。」

「きゃー!
 花火さん、こんなところで一体どうしたんですか!?
 大丈夫ですか!?」
 顔面蒼白。エリカは起き上がらない花火に驚いたのか、花火の肩を掴んで前後に揺さぶる。花火は脊
椎が柔らかいのか、痛そうなそぶりは見せないが、下敷きにされているグリシーヌの口から、花火が前
後させられるたびに、「う。」だの「ぐ。」だの聞いているだけで苦しくなるような声が漏れる。
「え、エリカくん、揺さぶるよりどいてあげた方が・・・――――。」
 言いかけた大神を遮って、
「エリカ!
 いい加減にせんか!!」
グリシーヌの怒声が響いた。両手をついて無理矢理起き上がって、上に乗っていたエリカを落とし、花
火を地面に下ろす。
「わぁ、グリシーヌさんまでエリカの下に!?
 エリカびっくりです。」
 その間抜けな発言に、堪忍袋の緒が切れたのか、グリシーヌは立ち上がるとエリカに詰め寄った。服
についた芝生を払うこともなく、まるっきり草塗れ。
「誰が好き好んでエリカの下敷きになどなるものか!
 そなたはまったく、もう少し周りを見てだな!」
 指を突きつけられて説教をされると、エリカは半べそで頭を抱えた。
「あーん、ごめんなさーい!」
 その様子が妙に可笑しくて、周りの皆はくす、と頬を緩める。と、そこでシーがロベリアを振り仰い
でにっこりと笑う。
「でも、押したのはロベリアさんですけどねー。」
 その発言に、
「ちょっと、シー!」とメルはシーの脇を小突き、「わ、馬鹿!」とロベリアはグリシーヌの怒りの矛
先がこちらに向いてしまうと慌てた。聞えていなければいいが、と心の奥の方で思って、ちらりとグリ
シーヌを見やると、目が合った。
「ロベリア!貴様か!
 まったく人の背中を押すとは、一体どういう神経をしているんだ!」
「あー、はいはい、悪かった悪かったって。
 まさかエリカの奴が、花火に突っ込むなんて思ってなかったもんだからさ。」
 手を左右に広げて降参のポーズ。これほどに誠意が微塵も滲まない謝罪も珍しい。グリシーヌの眉間
に皺が寄る。
「貴様と言う奴は・・・!」
 ロベリアに食って掛かるグリシーヌは、怒りの溢れる足取りで誠意が微塵も滲まない人物の元へ歩く。
その剣幕に、大神が慌てて割ってはいる。
「まあまあ、グリシーヌもそう怒らないで。
 ロベリアもあんなにエリカくんが派手に転ぶなんて――――。」
 そこまで聞くと、グリシーヌはむっとした表情で大神を見上げた。
「貴公は、エリカが背中を押されて派手に転ばないと思うのか?
 エリカがなんの変哲もなく地味に転ぶと、
 貴公は本当にそう思うのか!?」
「う、それは・・・・。」
 大神が助け舟を求めて背後を振り返ると、誰もが視線をあさっての方向に逸らした。エリカだけが子
犬のような眼差しで膝立ちのままグリシーヌの腰に抱きつく。
「グリシーヌさん、ひどいですよー。
 エリカ、そんなに転び方ひどくありませーん。」
 コクリコが首を横に振った。
「えっと、さっきの転び方は・・・。
 ちょっとひどかったんじゃないかな。」
「あーん、コクリコのいじわるー!」
 今度はみんな、遠慮せずに笑った。



「3番、サフィール歌いまーす。
 『草塗れのブルーアイ』」
「やめんか!」
 ころころとみんなが笑い出す。サフィールはせつなげに眉根を寄せながら、マイクを持つ振りをして
歌を始める。「草塗れのわたしぃ〜。」と小指を立てながらポーズを決めているのがまた可笑しい。
グリシーヌは止めようと食って掛かるも、「いいじゃないですかー。」「そうですよ、とっても面白い
ですよー。」と単純に楽しんでいるエリカと、悪乗りしているシーに両脇を押さえられて、うぅ、と呻
く。
「おやおや、アンタたちは相変わらずだねぇ。」
 言葉の割には楽しげな淑女の声に振り返ると、そこにはグラン・マと迫水の姿があった。今、来たの
だろう、ゆっくりとした足取りで向かってくる。
「ふふ、みんな楽しそうだね。
 僕らも混ぜてもらっていいかな。」
 迫水も微笑ましい表情でそういうと、皆の輪に加わった。とは言っても、サフィールは未だに「草塗
れのブルーアイ」を歌っていて、コクリコなんかはまだそれを聞いておなかを抱えて笑っていた。
「お二人とも、仕事があるのでは?」
 大神が意外そうに首を傾げる。口ではお二人と言いながらも、視線が迫水に集中しがちなのは、普段
の大使の行動を思い浮かべることが出来る人間なら当然だろう。あの厳しい秘書の目を、今日も上手く
すり抜けてきたのだろうか。
「いやだなぁ、みんな。
 僕だっていつもいつも仕事をさぼってばかりというわけではないんだよ。」
 そう思っていたのは大神だけではないようで、迫水は大神やメル、花火の、またさぼっちゃったんで
すか、と言いたげな視線に弁解する。
「彼女に、」
 そう言って迫水はグリシーヌのほうをちらりと見る。彼女はまだ、サフィールの口を塞ごうと必死だ。
「一週間以上前から、今日の一時から予定を空けて置くように言われていたからね。
 僕だって、それくらい時間があれば、余裕を持って時間を空けられるというものさ。」
 そうやってにっこりと笑うと、迫水は花火の方に進み出て、会釈をする。
「誕生日おめでとう、花火さん。」
 花火もお辞儀を返す。
「ありがとうございます。」
 迫水は満足そうに微笑むと、胸のポケットから小さな包みを取り出した。そしてそれを、そっと花火
の手に乗せる。
「これは僕からの、ほんの気持ちです。
 受け取ってください。」
 見た目よりも少し重いプレゼント。花火は少し頬を赤らめる。
「ありがとうございます。」
 その二人の様子を隣で眺めていたグラン・マは、ふふ、と笑った。
「花火、あたしからもお祝いを言っとくよ。
 誕生日おめでとう。
 アンタも18か。
 よろしく頼むよ、うちのトップダンサーときたら、子供ばっかりなんだから。」
 花火の肩をぽんと叩く。それは花火に対する激励と、これからへの期待を込めた強さがあった。長い
人生を生き抜いてきた彼女の強さに応える様に、花火は頷いた。
「はい、ご期待に沿えるよう頑張ります。」
「いい返事だね。」
 グラン・マはにっこりと口を歪めた。