「ロベリア!
 いい加減にせんか!」
「いてぇな!
 本気にしてんじゃねぇよ、このガキが!」









---- Bon anniversaire, Hanabi





「みなさま、ちょっとよろしいザマス?」
 宴もたけなわと言った頃合。一体、どれだけみんなで笑い合っていたのだろう。ふと懐中時計を見る
と、時計の針は丁度3時を指そうとしていた。暑かった日差しも少し斜めに傾いて、乾いてきた汗の上
を涼しい風が滑る。
 タレブーの声に、グリシーヌはロベリアに食って掛かっていた腕を引っ込めて、こほんと咳払いをし
た。頬がさっきとは違った意味で赤い。居住まいを正して、タレブーに向き直る彼女を、ロベリアがに
やっと笑いながら見下ろしている。
「なんだ、タレブー。
 どうかしたのか?」
 グリシーヌは咳払いをしたまま顔を上げずに返す。随分とはしたない様子だった、とグリシーヌの内
省をよそに、タレブーは少し頬を緩めただけだった。
「花火様のお誕生日パーティに、
 屋敷の者からみなさまへ差し上げたいものがあるザマス。」
 そういうと、タレブーは屋敷の方に向かって合図を送る。グリシーヌが「なんだ、聞いていないぞ。」
と驚くのを尻目に、数名のメイドが大きいトレーを運んできた。最初は単なる山にしか見えなかったが、
近づいてくるとだんだん何か判って来る。一番最初に叫んだのは、エリカだった。
「シュークリーム!」
 そう、それは一体、一人何個食べる計算で作られたのか知れないシュークリームの山だった。そう、
山。まさに山。エリカやコクリコ、それに甘いもの好きなシーの目がきらきら輝いている。料理があら
かた片付いたテーブルの上に、シュークリームがどん、と置かれる。
「わー!
 ねえ、食べていいの?」
 コクリコが期待を隠し切れない様子で尋ねると、タレブーは頷いた。
「ええ、もちろんザマス。」
『やったー!』
 コクリコとエリカは声をハモらせてハイタッチ。「いっただっきまーす!」と元気よくシュークリー
ムを手に取った。シーも「じゃあ、わたしもいただきますー。」と一つ手に取って微笑む。それから、
三人の声がハモる。『おいしい!』
 その様子を見て、タレブー他メイド達はとても喜んでいるようだった。
「みなさま食べて欲しいザマス。
 屋敷のメイド達が全員で作った自信作ザマス。」
 グリシーヌと花火以外の皆が手をつけても減った様子のないシュークリームの山。グリシーヌはこめ
かみを指で押さえながら、もしや、といった目付きでタレブーを伺う。
「全員で作ったとは、88個あるということか・・・?」
 否定を期待した視線を受けて、タレブーは
「もちろんザマス。」
と自信満々、胸を張って大きく頷いた。
「タレブー・・・・。
 夜会ではないのだ、こんなに在っても食べきれるわけなかろう。
 残った分はどうするつもりなのだ、まったく。」
 グリシーヌが呆れるのにも、タレブーは先程の姿勢を崩さぬまま、きっぱりと言い切った。
「ご家族の分にお持ち帰りいただいたらいいザマス。」
 予期せぬあまりのきっぱりぶりに、グリシーヌの動きが一瞬止まる。眉間の皺が一本増えた。
「いや、まあ・・・それはそうかも知れんが。
 それにしても、多すぎはしないか?」
 そもそも一人1個ずつ作るなんて、手間が倍増だ。しかし、タレブーはその手間にこそ、意味がある
のだと言う。タレブーはグリシーヌから花火へと顔を向けた。
「屋敷の者の気持ちザマス。
 皆、花火様の誕生日をお祝いすることが出来て嬉しいザマス。」
 花火は少し驚いたように見えた。一瞬、言葉を詰まらせて、
「は、はい!
 あ、ありがとうございます。」
と慌てて頭を下げる。その慌てっぷりに、グリシーヌはタレブーを小突いた。
「ほら、作りすぎだ。
 花火も困っているではないか。」
 そうすると、珍しくタレブーは食い下がった。
「そんなことないザマス。
 もっと手伝わせて頂きたいくらいだったザマス。
 それをお嬢さまが、手出しをするなとおっしゃるザマスから、
 みなこれでも我慢をしたザマス。」
 それを聞いて、グリシーヌはきょとんとし、花火は先程と同じ表情のまま静止した。しかし、すぐに
グリシーヌは破顔した。同じ気持ちだったからだ。
「そうか、ありがとう、タレブー。
 みなにも礼を言わねばな。」
 タレブーはつんとして言い放つ。
「お嬢さまにお礼を言われるようなことではないザマス。」
 グリシーヌがむっと顔をゆがめた。タレブーはもう一度、花火に向き直り、公式の場でするように居
住まいを正すと、恭しい声音で祝辞を述べる。花火を見つめる眼差しは、この上なくやさしく、喜びに
満ちているように見えた。
「屋敷のメイド達を代表してお祝い申し上げるザマス。
 18歳のお誕生日、おめでとうございますザマス。
 みな、この日を心待ちにしていたザマス。」
 花火も礼儀よく頭を下げた。
「こんなによくしてくださって、とてもうれしいです。
 ありがたく頂かせてもらいます。」
 顔を上げた花火とタレブーが互いに微笑みあう。そこへエリカが先程と同じ調子で花火の背中にぶつ
かって来て、花火の手にシュークリームを持たせる。
「はいはいはーい!
 タレブーさん達の力作、すっごぉぉーくおいしいですよ!
 もう、ほっぺた落ちちゃいそうですー。」
 花火の首に後ろから腕を回して抱きつきながら、エリカが大声で言う。タレブーはそれを聞いて、大
きく頷いた。
「もちろんザマス。
 ブルーメール邸のメイド達は、みな一流ザマス。」
 花火はシュークリームを両手で持って、エリカに「ありがとうございます。」と礼を述べた。もっと
も、エリカの顔は花火の後頭部辺りにあるので、まったく見えなかったが、エリカは「お安い御用です
よー!なんならトレーごと持ってきましょうか?」と嬉しそうだった。
「ったく、オマエなんかがこんな重そうなもん持ったら、
 全部ひっくり返すに決まってんだろ?」
 シュークリームを齧りながら巴里の悪魔は呆れた。周りでは、コクリコやメル、シー、グランマは頷
いて、大神と迫水は肯定的な苦笑を浮かべた。
「あ、グリシーヌ様。
 そろそろ例のを出さないと、
 みんなシュークリームでお腹がいっぱいになってしまうのでは?」
 シーに二つ目のシュークリームを無理矢理食べさせられるのを避けながら、メルがグリシーヌに進言
する。そう、丁度よい頃合だし、これを逃すと出しようがない。
「ああ、では持って来る。」
 グリシーヌは頷くと、みなに背を向けて屋敷の方へと駆けて行った。
「わたしも手伝いますよー!
 待ってくださーい!」
と声を上げながらエリカがグリシーヌの後についていこうとする。それを、ロベリアが後ろ襟を掴んで
阻止した。「いや、お前はやめとけって。」
「じゃあ、俺が行ってくるよ。」
 大神はエリカに苦笑混じりにそう言うと、グリシーヌの背中を追って走り出した。小さくなっていく
グリシーヌの後姿を見ながら、タレブーは幸せそうだった。花火は次々に屋敷へ入って行ってしまった
二人の方を見つめながら、首を傾げる。
「お二人とも、何を取りに行かれたんですか?」
 その疑問に答えるように、シーとエリカが花火の前に飛び出てきて、互いの片手をあわせて、幕間劇
の始まり、とでもいう様にポーズを取った。
「それは、目にするまでのお楽しみでーす!
 ね、エリカさん!」
「もちろんです!」
 はぁ、とさらに首を傾げる花火。そんな花火の背中に、今度はコクリコが飛びついた。流石、エリカ
とは違って、危なげなく背中にぴったりとくっつく。楽しみでにこにこしながら、コクリコが花火に尋
ねる。ピンク色の頬が可愛らしい。
「ねえ、花火はどんなマジックが好き?
 ボクなんでも出来るよ!
 花火が見たいのやってあげる!
 エリカはね、人体切断マジックが好きなんだよー!」
 人体切断マジックとは、以前、初めてエリカがコクリコの舞台を見たときに参加したマジックだ。箱
詰めになって、箱ごと身体がまっぷたつにされるという。まあ、マジックなので元通りに戻るわけだが。
「好きじゃありませーん!」
 やっぱり怖い。エリカはもう絶対嫌です、と力説する。そこへ、
「人体切断とはまあ、少しばかりケレン味が過ぎるかもしれないけど、
 是非とも一度、シャノワールでもやって見せて欲しいねぇ。」
とグラン・マが興味深々で首を突っ込んできた。ひぃぃ、と再び迫る恐怖に、エリカの顔が青くなる。
「おお、そいつは面白そうだな。
 期待してるぜ、コクリコとエ・リ・カ。」
ロベリアはにやにや笑いながら、もったいぶった調子でエリカの名前を囁き、
「うん、それは興味深いね。
 僕もぜひ見せて欲しいな。」
迫水までが悪乗りをする。「ヒューヒュー!」と後ろでシーが煽る。
「花火はどう?
 エリカの人体切断マジックはもう大迫力だよ!」
 コクリコは背から降りて、花火の両手を掴んでぴょこぴょこ跳ねながら問う。その脇でエリカがいた
いけな子犬のような眼差しで花火を見つめる。その突き刺さるような視線を感じながら、花火はやはり
首を横に振る。
「それも面白そうなんですけれど、
 私は、この前コクリコさんが舞台で見せてくださった、
 お花をいっせいに咲かせるマジックをもう一度見せていただきたいです。」
 花火の言葉に、エリカは仏を見るような目付きに変わった。コクリコはまかせてよ!と胸を叩いて、
自信満々の様子だ。
「よーし、ボク、がんばっちゃうからね!
 どんな花でも咲かせてあげちゃうよ!
 花火はなんの花が一番好きなの?」
 一番好きな花、と言われて花火は少し言葉に詰まる。
「私の、一番好きな花ですか?
 巴里には無い花ですよ。」
 そう言うと、コクリコはにこっと笑った。
「マジシャンに出来ないことはないんだよ!
 花火ったら、変な心配しちゃってー。」
ぽん、とコクリコが小突くと、花火は頬を赤らめた。
「すみません。
 私の一番好きなお花は、さくらです。」
 サクラ・・・・、と迫水以外のみなが、どんな花だろうと首を傾げた。花火は昔の記憶を引っ張り出
しながら答える。3つになる前だろうか。多摩川沿いのさくら並木は、降り積もったさくらの花びらが
まるで雪みたいに折り重なっていて、父が手にとってぱっと空に散らせると、陽光を反射してきらきら
と輝いているみたいだった。
「淡いピンク色の花なんです。
 風が吹いて雪のように花びらが散る様子が、とても綺麗なんですよ。」
 コクリコたちは思い思いのさくらを頭に浮かべる。ピンク色の花びらが風に舞う様子は、誰の脳裏に
も美しく映った。雪みたいと聞かされて、コクリコは花びらの中に寝転んだら、ひんやりとしていて気
持ちがいいんだろうな、と想像する。
「さくらか、懐かしいなぁ。
 春に咲く花でね、大きな木なんだけど、花びらの一枚一枚は、これくらいの大きさなんだ。」
 迫水は言いながら、小指の先で大きさを示す。これが五枚で一つの花になるんだよ、と。
「でも、巴里には無い花ですから、
 コクリコさんの咲かせやすいお花でいいですよ。」
 夏真っ盛りの巴里。無理を言っているという自覚が花火にもあった。しかし、コクリコはさっきと同
じように、自信たっぷりに笑って見せた。
「なんでもできるって言ったでしょ?
 ボクにまかせてよ!」
 見栄ではなく、自負が溢れたその態度に、ロベリアが感嘆する。
「お、さっすがプロ。
 チビでもそこらの奴とは言うことが違うねぇ。」
「コクリコ、かっこいいー!
 ヒューヒュー!」
 みんなが囃し立てると、コクリコは気恥ずかしそうに頬を染めて、後頭部をかりかりと掻いた。「え
へへ、照れちゃうな。」と呟く姿は、歳相応の無邪気な子供の姿だった。