×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。













 気付いた時には遅かった。ロベリアは鋭い衝撃が機体を突き上げ、自分の体の中すら揺さぶるのを感じ
た。込み上げる強烈な吐き気と共に、操作板から光が揮発する。撤退か、その言葉が脳裏を過ぎ去った刹
那、強烈な打撃が二発同じ場所を叩いた。それは、
 人形蒸気には絶対に避けなければならない損傷がある。すなわち、機体内に持つ高温高圧の蒸気がコッ
クピットに流入する危険のある角度で、コックピットを守る最後の防御機構を貫く深さで傷をつけられる
ことだ。もしその損傷を受けた時には、

 ツイてる。
 動転した頭の中で、何故か意味の分からない単語が体中を駆け抜けた。そう、ツイてる。理由も理解出
来ないまま、ロベリアは全力でその言葉を肯定した。自分はツイてるはずだ。その根拠のない確信を引き
連れて、ロベリアは最後の力を解き放つ。己の身を覆うように、散漫な意識を指先からも集めて、全ての
霊力を迸らせた。狭く薄暗く、汗臭い霊子甲冑の中を己の霊力が一瞬照らした。

 刹那、搭乗者を焼き殺す高温高圧の蒸気が吹き付けた。





 存在証明





「お加減はいかがですか?」
 真っ白いカーテンの向こうから、聞き慣れた声がした。返事をしてやりたくて、でも喉も肺も思ったよう
に動かせなくて、口から擦れた息が零れた。それだけでも酷く痛み、喉は岩のように乾いている。
「ロベリアさん、まだ」
 純白の薄い壁をそっと割り、黒髪の少女が顔を出した。北大路花火が手に水差しを持ってそこに立ってい
た。
「もうお昼も回りましたけれど、おはようございます、ロベリアさん。」
 消毒液の匂いが鼻をつく。ロベリアはなんとかため息を吐くと奥歯を噛んだ。そうして力を込めて、重た
い体を起こしベッドの上に座る。首の皮が引き攣れて不快だった。花火はそのうちにコップに水を注いでロ
ベリアに差し出した。
「四日目ですね。たぶん、痕は残らないでしょうって、お医者さまが。」
 ロベリアは頷くだけ頷いて、コップを手にすると水を口に含んだ。本当は一息に飲みたいくらいだったけ
れど、前日それをして酷く咽せた。一口ずつその液体を喉に流し込む。透明なガラスのうちで、包帯の巻か
れた手が歪んでいる。水が一口ごと胃に流れ込む度、体の隅々まで生命が広がっていく気がする。視界の霞
みが幾分晴れる。
「こんな所にいつまでも居た方がなんか死にそうだね。」
 空いたコップを何気なく花火は受け取り、水を注ぎ足すとサイドボードに置いた。ロベリアは改めて花火
の顔を見上げる。一色に統一された医務室に落ちた一点の黒は、ただ黙してロベリアを見つめていた。
「それで、なんかエリカもどうにかなったとか聞いた気がするけど。
 もう治ったんだろ?」
 声も、仕草も変わらないうちに、ただ花火が返答に息を吸ったその動作で、ロベリアはその答えがわかっ
た。
「いいえ、まだ。」
 想像と全く同じ形をしたその返答に、ロベリアは短く「そうかよ。」とだけ呟いた。

 それが自分の記憶なのか、後で話を聞いて作った想像なのかもはや判然としないが、あの時、確かに光の
中に居た。目が開いていたのか、ただ目蓋を貫いたのかもわからないが、恐らく酷く眩しかった。
『やめろ!! そなたがもたない!』
 光の中には怒号があった。
『もう大丈夫だから、やめ---!!』
 悲鳴じみた音声を断ち切って、叫んだのはそう。
『嫌です!
 私は絶対に、後悔だけはしたくありません!!』
 あれはエリカが自分を包んでくれた光だった。
「バカ。」
 悪態を吐くと、いつもの調子に戻ったような気がして、ロベリアは不機嫌に鼻を鳴らした。白いシャツに
太めのパンタロンなど趣味ではないが、火傷の残る肌を服がこする痛みは堪え難かった。わずかな痛みも永
続すれば強烈な苦痛だ。ロベリアはその冴えない男みたいな服装のまま、屋根裏部屋の隅に突っ立っていた。
「ねぇ、あのおねえさんおこってない? ほんとう?」
 妙に甘ったるい口調が耳を舐る。
「大丈夫だよ。ロベリアはね、見た目は恐いけど根は・・・そこそこ優しいみたいだから。」
 おいコクリコてめぇ、口を吐いて出そうになった悪態を、ロベリアはぐっと呑み込んだ。柱の影に隠れた
頭が、こちらをちらっと窺っているのが目に入ったからだ。無駄に怯えさせたいわけではない。無駄ではな
くとも、今は怯えさせたくなかった。
「そうなの?
 そうだね、ふわふわだもんねぇ。」
 視線が顔からそれて、でも頭からは離れないのをロベリアは感じた。あぁ、くそ、ツイてない。ロベリア
は内心で毒づきながら、それでも顔には満面の笑みを作り出した。そう、彼女を無駄に怯えさせたくない。
無駄でなくとも今はそうだ。例え、彼女が次に言うのが、自分には不快なものだとしてもだ。
 後悔したくない。
 そう言って、エリカは鼻血を出して倒れるまで、ロベリアを助けるために霊力を出し尽くした。霊力、そ
の精神の力を全て使い果たしてエリカは
「ロベリアおねえちゃん、かみ、さわっていい?」
 柱の影から、彼女は初めて半身を出した。長い亜麻色した髪に、すっとした頬、やわらかな眦。はにかん
だ様子でロベリアを見上げて来るのは、確かにエリカだった。
「あぁ、ちょっとだけな。」
 答えると、エリカは軽く飛び跳ねながら、ロベリアの元に駆けて来る。その後ろで、コクリコが不安そう
な両目でロベリアとエリカを見上げていた。
「ところで、エリカ。
 エリカは今いくつなんだ?」
 突進を病み上がりの体では受け止めきれず、マウントポジションを取られて好き勝って頭を撫で回されな
がら、ロベリアはエリカに尋ねた。少し考える仕草をした後、エリカは右手を大きく広げる。
「5さい!」
 太陽に向かうひまわりのように、エリカは屈託なく笑った。