昔もらったというその楽器を、彼女は時折、大層いとおしそうに弾く。 弓を引く手はしなやかに動くのと対照的に、弦を押さえる指は自由に跳ねる。 その木で出来た楽器の最も美しい歌声を引き出す。 そういう音色だった。 彼女の演奏が誰にも見られることなく、 ただ窓から漏れ聞こえて来る時は、 私はいないふりをして窓の外に立つ。 彼女が口に出せないほど奥に秘めた音が聞こえる気がする。 ヴァイオリンの音色が木漏れ日の先を揺らしていった。