彼女はその意味を知っている筈だ。
以前に詩の授業で一度出て来ているし、その時彼女が感心した様子で頷いていたことも覚えている。
その白い指がノートに書き込んだその言葉をなぞったとき、紙面からどのような感情が腕を伝い胸に達したのかはわからない。
だからそう、これは我が身の傲慢ではないのかと、小さな声が耳の奥から聞こえる。
だがもう走り出してしまったものは止められなかった。
「花火。」
その名を口にした瞬間、みずみずしく花やかな香りが体を吹き抜けた。
抱きしめた白薔薇から立ち上る清廉な香気の向こうで、花火が驚いたように目をわずかに見開いた。
彼女の瞳は光の加減で、深い緑に反射する。
「どうしたの、こんな立派な花束・・・・。」
開け放った窓から駆け込んで来る春の風はレースのカーテンを大きく膨らませ、
花火の黒い髪を幾本か揺らし、白薔薇を撫でていった。
「通りがけの店で見つけたんだ。
 あんまり綺麗だったから、花火に贈りたいと思って。」
花びらの一枚一枚の先にまでその純白は広がり、その重なりのうちに淡い陰の色彩を作り出す。
胸に抱えるのが精一杯な程の白い薔薇の花束。
「でも、貰う理由がないわ。私・・・。」
右手が自分の頬に触れる。
花火はそう言うだろうとわかっていた。
対等な友人でありたいと、花火に言ったのは自分だ。
そして、花火はそうであろうとしてくれている。
ならば当然、突然に白い薔薇の花を50本も贈るのは、きっと違うのだろう。
だが、グリシーヌには理由があった。
たった一つの大切な理由だ。
「花火。」
グリシーヌは一歩、花火へと歩み寄った。
真っ白い薔薇に包まれるようにして、二人は向かい合う。
青い瞳が見つめた。
唇から美しいあるがままの形が零れる。
「花火。」
黒髪を揺らし、花火がグリシーヌを見つめ返した。
目の表面に映る自分の姿が一度、グリシーヌにも見えた。
「そなたのお陰で、そなたの名前を呼ぶことが出来るようになったんだ。
 だから、これは花火への感謝であり、私の私へのそう、褒美みたいなものなんだ。」
風にわずか震える窓硝子が、細い光を花火の顔に投げかける。
睫の先に光の粒を散らして、花火は蕾がほころぶようにそっと、グリシーヌに唇を解いた。
「ありがとう、グリシーヌ。
 私もあなたが好きよ。」
花火の腕が白い薔薇に回る。
花びらが彼女の頬をくすぐって、微笑みが零れる。
「ああ、私もだ。
 花火。」