行け。
 行くんだ。

 声が頭の中で響き、背中を揺さぶり、吐き気となって押し寄せる。わかっている、これは夢だ。何度も、
何度も繰り返し見る夢。でも、この夢の中で今まで一度だって、足が動いたことがない。いつも、指一つ
動かせないまま、私は立ち尽くして見下ろしている。現実と同じように。
 海が空を呑み込んでうねる。押しつぶしてくる嵐の中、船は死んでいく。その中に未だ生きている人を
抱えて、船は沈む。私はただ一人の体を、その背を抱き繋いだ形のまま、静止していた。
 いくら生命をこの場に留めようと精神はどこにも残らないと、後の一年で恐ろしい程に思い知るという
のに、私は何もしてやれない。我が身を捨ててあの海へ飛び込みあの人を助けることも、この人をこの場
で解き放ってやることも。何も。
 助けに行くんだ。本当に彼女のことを思うなら、私は、
 わたくしはなんて、
「グリシーヌ。」
 まだ彼は生きているのに、なんで私は彼の命をあきらめたんだ。

 息の塊が喉から零れた。温かい掌が、頬に触れている。瞬きを繰り返して腕の先を見上げると、ほの暗
い夜の中で、花火が私の顔を覗き込み、そっと頬を撫でていた。