コートの裾から、リンゴが一つごろりと転がった。よく磨かれた極彩色の果実は、煙草の吸い殻と誰か が犬の糞を踏んづけた跡の残る路地で小さな円を描く。同じ色した服を揺らし、彼女はそのリンゴへと手 を伸ばした。服で丁寧に汚れを拭う。 「私はこの一つのリンゴで、あなたの魂を買いましょう。」 聖職者が言いそうな言葉を、エリカはまさに口にした。過去して来たように、そして千年後までするの と同じように、彼女はあざ笑おうとした。鼻を鳴らし、冷たい水を頭の上から被せてやるべきだった。 「なーんてね。はい、落としましたよ、ロベリアさん。」 エリカは体側に垂れていた手を取り上げると、その上に磨いたリンゴを置いた。ロベリアはそのリンゴ を握り締めた。なめらかな皮の感触が指先に伝わる。 「お前は・・・なんなんだよ、全く。」 昔、最初に盗んだものは、確かこんなリンゴだった。たった一つのこんなリンゴのために、この魂を捨 てた。千年。百回死んでもまだ届かない、永遠のような時。 「えー、なにって、ロベリアさんこそ突然なんなんですか。 リンゴなんてかじっちゃって、かわいいとこありますね!」 上機嫌に言うと、エリカは勝手にロベリアの腕に自らの腕を絡めて隣に並んだ。振り仰げば、巴里の北、 モンマルトルの丘に立つサクレクール寺院の姿が、聳えるアパルトマンの間に見えていた。西日が白い三 つのドームをオレンジ色に染めている。 「は、ふざけんなよ。くっつくなバカ。」 左手にリンゴを握り、右手にエリカをくっつけてロベリアは歩き出した。