コクリコが泣いているのを見た。
 路地裏なんてろくにない巴里で、それでも人目につかなそうな細いアパルトマンの間、影のなかで、コ
クリコが泣いていた。汚い路地だ、風も吹かず、雨しか掃除をしてくれない吹きだまり。
 声をかけてやることが出来なかった。
 悲しいとか、辛いとか、そんないい加減な言葉で形容される何かがあったんだとわかって、それでも。
自分にはそこに入ってはやれなかった。何故なら、もう自分は泣く程に、自分のために真剣になる方法を
忘れてしまっていたから。
 涙の作る聖域に、自分は入って行けない。
 乾いた目のまま、見ない振りも出来ずにただ、路地に立ち尽くしている。