『食事をしにいかないか。』
思い返してみればそれは、いつも強引に人を誘う彼女にしては、探るような感じだったかも知れない。
いつも誰もに、強引だなぁと呆れられる自分が彼女を強引と評するのも変な気はするし、
冬の巴里は朝から夜までずっと西日のように横から日が射して、
それが丁度ひび割れた眼鏡に映りこんで目はよく見えなかったけれど。
たぶん、そんな感じだったんだと、思う。
思う。
あの時、エリカが見逃した何かがあの約束の瞬間にあったのだ。
そうでないとつじつまが合わない気がする。
「ろ、ろろろ・・・ロベリアさん、ど、どうしたんですかそのか・・・っかかかっこう。」
エリカは自分の両手がかってに戦慄くのを止めようがなく、唇すら震わせて目を見開いた。
待ち合わせのテルトル広場は街灯がオレンジに灯り、
広場に面したカフェのテラス席では若い男女もおじさん達も思い思いに食事を楽しんでいる。
巴里で一番小高く、坂の多い小さな街区モンマルトル。
何処かから夜を越えて響いて来るバグパイプの音を纏って、ロベリアは微笑んだ。
「似合っているでしょう?」
唇に引いた薔薇色の紅が弧を描く。
眼鏡はなく、代わりに金の細いイヤリングが左右の耳に揺れている。
胸元が大きく開いたワンピースは袖に裾に青いレースが花開いている。
腰に入った切り返しは彼女の女性的な体のラインを美しく描き、
それでいてスカートのドレープは品を彼女に添えていた。
赤いハンドバッグに、同じ色したパンプスを履いて、彼女は軽く首を傾げた。
「どう?」
羽根のように軽く、ロベリアが一歩エリカに近づいた。
エリカは思わず半歩身を引いてしきりに頷いた。
「す、すごく似合ってます! ええ! ほんとう!!」
ロベリアの白い頬にさあっと赤味が差した。
眉をやわらげて彼女は、しあわせそうに目を細める。
唇からは歯が零れて
「さあ行きましょう!!」
エリカはぐるっと踵で180度回転すると、何処ともなく空を指した。
膝丈のスカートが合わせてわずかに広がる。
食事に行くんだからいつもとちょっとは違う格好で来いよ、と、あの時言い添えられたから、
エリカも修道服ではなくて普通の服装で来た。
妙にそわそわするのは、この馴れなくなった服装のせい、きっとそう。
「おいおい、行くって勝手に何処行くつもりだよ。」
歩き出そうとしたエリカの手を、ロベリアが握った。
ロベリアは流れる仕草でエリカの手を引くと、瞬きのうちにその手を絡めた。
そうして、エリカを覗き込んで言う。
「店知らないだろう?
 それにほら、こうやってならんで歩いて行こうぜ。」
細く長い指がエリカの指を撫でる。
間近に感じる香水の匂いが、いつもと違う気がした。
甘くて、体全て呑み込まれてしまうような。目眩がする。
「ど、どうしたんですか急に。」
頬が熱い。
目を逸らそうとするエリカの頬に、ロベリアの手が触れた。
「何って、デートなんだから当然でしょう?」
睫の先に夜空を載せて、ロベリアはエリカに微笑んだ。
「その格好、すごくかわいいよ、エリカ。」