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西日が靄を貫いている。
それは体表に叩き付け、コンコルド広場の更に先まで吹き抜けるシャンゼリゼ通りをも染めている。
両腕を開くより大きく、見上げても届かないかつての戦勝を称える巴里の門。
エトワール凱旋門の袂に、ロベリアはその人影を見た。
醒めるような青の上着と豊かな金髪のコントラスト、
そして何よりその本人が持つ存在感が彼女の輪郭を人より強く描いている。
世間は狭い、そして巴里はもっと狭い、ロベリアはため息を吐くより他なかった。
モンマルトルこそ小さな街区だから顔見知りにやたらと会うのは道理だが、
シャンゼリゼでまで出くわすのは気分が悪かった。
陽はロベリアの背をその最後の力で燃やしている。
彼女がこちらに気付くことはないだろう。
向こうは目立つ場所に立っているが、
こちらは凱旋門の周りをぐるりと取り巻く道の一つにあって、他の歩行者に紛れている。
特別、挨拶をするような仲でもない。
彼女が泥棒や犯罪者を嫌うように、ロベリアも貴族が嫌いだった。
蒸気自動車が途切れるのを見計らい、ロベリアは足早に未知を渡る。
落ち葉を避けて一歩大きく踏み出したとき、眼鏡の端に、
彼女が誰か見知らぬ男性と話しているのが見えた。 
「いえ、良いのです。
 みな納得していることですから。」
フィドルのE線を弓引くのに似た、緊迫感のある澄んだ声だった。
夜を孕んで青く変わりいくオレンジ、その光が低い地平を這う空から街並へと降りている。
彼女と言葉を交わす男性が着ている服が何かを、声が聞こえるそこまでロベリアは気付かなかった。
くすんだ水色をした長いコートに同色のズボン、腰には皮の太いベルトを巻き、
肩章には階級を示す金の刺繍が入っている。
それは、フランス軍人だった。
「いつまでも私の感謝は変わることがありません。本当に・・・。」
軍人の言葉に、グリシーヌは微かに微笑んだ。
その顔がふっと上がる。
流れる眼差しはロベリアの上を通った。
凱旋門を彩る彫刻と、日の落ちる西の明るい空を切り取る一つの人影が見えただろう。
グリシーヌの表情が確かに曇るのを、ロベリアは見た。
彼女は正面から夕日を浴びている。
「なんだ、こんなところで。」
欧州一の都市を巡る観光客が凱旋門の中心から掃けていく。
喧噪が途切れる静寂の間に落とすべきまともな語彙を、ロベリアは持ち合わせていなかった。
「たまたまさ。こんなところで立ち話なんて、お貴族さまは暇だなって。」
口を吐いて出て行くその言葉が、失言だと声にする最中からわかっていた。
以前にも正面切ってなじった時と代わり映えしない、嫌悪を孕んだ言葉。
グリシーヌはだが、怒鳴り返さなかった。
「貴様がなんと思おうと勝手だ、貴族が嫌いだろうと好きにしろ。
 そなたのような悪党など、私は嫌いだからな。」
その右腕が動く。
彼女はその手に、王家の白と巴里市の紋章を合わせたトリコロールを携えていた。
色づいた風がその旗を棚引かせる。
「だが言っておく。」
彼女の背後、地に伏せた石碑の上で炎が燃えている。
凱旋門の下には軍人が数名並び、これから献じられる花と音楽を奏でるトランペットが彼らの元にはあった。
「悪党は育ちだが、貴族とは生まれだ。
 それだけは覚えておけ。」
言い放った言葉を最後、グリシーヌはロベリアに背を向け歩き出した。
ロベリアは軍人に促されるまま、シャンゼリゼを貫く場所から脇へと追い出される。
そして市民がその場から立ち退くと、高らかにトランペットの音が響き渡った。
時刻は18時30分。
無名兵士の墓へ、献花が行われる。
グリシーヌ・ブルーメールが国旗を手に、その名前をも失った兵士の墓を見据えていた。