手を振って別れた人がどれだけいたろう。
また会いたいと思いながら、互いのその先を少しでも願って、別れた人がどれだけ。
きっと、私の後ろ姿を呪う者の方が多かったろう。
相容れないからと、私と他には深い断絶があると、そう。
「ロベリア、どうかしたかい。」
男が私の名前を呼んだ。
塗り潰したような黒い目は、まるで私を吸い込むように見つめている。
実際、吸い込まれているのかもしれない、表面には私の影が映っているのがわかる。
私は笑って、
「顔近いよばか。」
左手で顔を追いやる振りをして、顎から頬へと撫でた。
几帳面なこの男らしく、ひげはさっぱりと剃られて、指先を押し付けて初めてその存在がわかる。
「くすぐったいよ。」
彼は、太い眉を困ったように垂らした。
二年間、ずっと、いつだって、脳裏に描いていた声で、表情で。
でも想像よりもずっと眩しく。
今もだって、街灯が黒い睫に散っていて、まるで髪も目も夜のように黒いのに、眩しくて。
あなたは夜空みたいだなんて、そんな子供じみた言葉を私は描いてしまう。
「我慢しろよ。」
なんだいそれ、返す声が笑っていた。
千年だって死んでも構わなかった。
人すらやめてもよかった、最後、あの夜の中、人でなくなってもいいと、もう既に人でなんかないと。
そもそも、人じゃなかったんだから、と。
でも、
「ロベリア、なぁ、さっきから何か考え事してるだろう。
 ちゃんとその・・・俺のことかい?」
「はっっっっずかしいやつだな!」
思わず肩を突き飛ばそうとしたら、彼は私の手を掴んだ。
まるで15歳のような恥ずかしいことを言った瞬間と同じ、真面目腐った赤い顔で。
「だって、せっかく・・・俺は。
 ああでも、今のはやっぱり恥ずかしいな。」
眉間に皺を寄せて、彼は額に手を当てた。
私は黙って、肯定も否定もしてやらなかった。
だってそう、ばかみたいだから。
いま、あの時の言葉を思い出そうとしていたのと、あなたが私に投げつけた強い一言。
「酔ってんだろ、そういうことにしといてやるよ。」
こんなの女の私が言うことではないけど。
あなたは嬉しそうに言う。
「ありがとう、たすかる。」
私はあなたが握ったままの腕を引いた。
あなたは私の手を離さすにくっついてきて、それをまたばかだなと私は思いながら。
あなたの目に映る私をみる。
私の目にあなたが映っているのがわかるのかどうか、わたしは知らないけれど。
こんな灰緑色の薄い色した目で。
「ロベリア。」
あなたはわたしを見つめる。
わたしたちは見つめ合っている。
夜の巴里を見下ろし、丘を吹く風を頬に感じて、その冷たさの中に孕んだ花の匂いを追いながら。
私は目を閉じた。
あの日、私を強い言葉で人に繋いだ唇が、わたしと触れ合った。
少し乾いて、硬い、キスだった。