降り積もる音も穏やかにまるで泡をなでるようになめらかに、街中を染めていく。 しんと冷えるこの街では、コートについた雪もろくに溶けないで、真っ白に凍り付いている。 大神は道の端に薄ら積もる新雪を踏みながら、坂道をくだっていく。 今日はレビュウで遅くなるけど、明日はふたりとも休みなんだからゆっくり飲もうなんて、 断れる訳のない誘いだった。 ぽつぽつ光る街灯の下、すれ違う人々の談笑はいつもより少し眩しく感じる。 降り続ける雪がきらめくからだろうか、鈍色の空を背景に街は一層際立っている。 待ち合わせのアベス広場は、アベス広場はモンマルトルの中程にある小さな場所だ。 正面には煉瓦作りの小さな教会があり、メトロの駅も広場の中にある人の交差点。 大神は懐中時計を開いた。 いま、夜十時を迎えようとする広場に、二十歳そこそこの若者達が酒に赤らんだ顔で談笑を交わしている。 もう間もなくきっと、角を曲がって彼女は来るだろう。 大神は街路樹に背をあずけ、かるく目を瞑った。 彼女はどんな風にやってくるだろうか。 皆と居るときの服装は、出会った頃と相変わらずいかついコート姿が多いけれど、 二人で出かけるときは流行りのワンピースからドレスまで、彼女は様々な格好で現れる。 はにかんだり、自然に笑ったり、ちょっと冷めた風を気取ってみたり、 表情すら変えて、でも 「いてっ!」 大神の頭に、雪がぶつかった。 明らかに人為によって丸められた雪玉は、大神のこめかみで砕けると、黒髪にばらばらと散らばった。 片手で雪を勢いよく落としながら、大神は雪玉が投げて寄越された方を振り返る。 「こら、ロベリア!」 腕を組んで振り返ると、そこには黒いロングコートに身を包み、 頭をストールで包んだロベリアがいたずらに笑っていた。 「相変わらず、時間ぴったりに来る男だなーって!」 ロベリアは白い歯を零すと、抱えていた無数の雪玉を大神に向かって勢いよく投げた。 「こら!」大神は怒ってみせながら、手で頭を庇い避けようとするけれど、 充分な数雪玉を作ってきたらしいロベリアの砲撃はやまない。 笑い声と雪が砕ける音が重なり合って、大神のコートも髪も雪に塗れていく。 大神は腕の間から笑う。 「君には随分またされてるからね! 俺は少しでも長く君に会いたいんだよ、いつだって!」 顔を覆う腕の間から言うと、寒気で鼻先を赤くしたロベリアが、 「うるせー!」と勢いよく雪玉を大神に叩き付けた。 最後のフルスイングは大神の頭にクリーンヒットすると、飛沫を上げて宵闇に散った。 「いって! あーあ、まったくロベリアは。」 大神は下ろしたばかりのコートにびっしりとついた雪を腕で叩き落としながら、 ロベリアを軽くにらんでみせた。 唇には笑みを浮かべて、頬は楽しげに膨らませて。 そうするとロベリアはまるで悪びれた風もなく、手袋に包まれた自分の手を握り締めた。 そうして、大神に歩み寄って、そのこめかみにそっと手を寄せる。 「いいじゃん。 ほら、同じ銀色に、染めてあげたんだからさ。」 ずれたストールから、ロベリアの髪が広がった。 大神は溶けた雪の粒がついた前髪を少し見上げて、雪を払うのをやめた。 彼女ははにかんだり、自然に笑ったり、ちょっと冷めた風を気取ってみたり、表情すら変えて、 でもいつもとびきり眩しい笑顔をむけてくれる。 まだ降り続く氷の粒に巴里と共に包まれながら、大神はそっと手を差し出した。 二人は手を繋いで、同じ新雪の道を歩き出す。