手の平が熱い。
あぁ、体がある。
そう思い至った時、花火は目蓋を押し開いた。
世界は白い光とあまい匂いと微音に包まれてまどろんでいる。
まばたきを三度して水彩画の景色に輪郭を描くと、おだやかな朝が花火を撫でていた。
シーツの先、見上げた窓には新緑の木漏れ日がかかり、まぶしく揺れている。
寝息と大差ない自分の息をひそめれば、枝振りの間から鳥の声が聞こえた。
手の平の熱は重みを持ち、やわらかな感触を与えていた。
白い手だった。
手が花火の右手の平にのり、ほのかな力で握っている。
意識はそこで昨晩と繋がり、さらなる記憶の扉を叩いた。
金の睫を合わせ、胸を静かに上下させて、グリシーヌが眠っていた。
膝を緩く丸めて、幾分小さくなって、花火の手を握っている。
ひさしぶりに部屋に泊まりにきた彼女の、それは初めて見る寝顔のような気がした。
学生の頃、高学年になってからは何度か自分より遅くまで寝ていたけれど、
彼女の朝は往々にして早く、花火がブルーメール家に世話になるようになってからは、
一度も花火より長く寝ていることはなかった。
その彼女がいま、眠っている。
花火はそっと、その寝顔を覗き込んだ。
頬には木の葉の隙間から差すひだまりが落ち、さざなみのように揺れている。
美という言葉を纏ったその目元にはわずかな幼さが香っている。
グリシーヌ、名前を声にできずに呼ぶと、その目蓋が震えた。
きらめく水面のような目が光を映して震える。
その瞳は花火をその黒の中に抱きしめると、微かに笑った。
そうして、再び目蓋が降りる。
花火の手の平を握り直して、丸まっていた体を解いて、グリシーヌが朝にとけていく。