目が合った瞬間、その端正な顔に皺が刻まれた。 その場で踵を返すべきか、確かに頭の前の方は悩んだが、体は勝手にそのまま歩き続けていた。 シャノワールのエントランスホールにはやや不規則な靴音が響く。 反響する音がロベリアの頭を四方から叩いた。 頭がやや痛みだそうとしているが、気分は上々だ。 目の前に立ちはだかる存在を無視したなら。 「貴様、また朝まで飲み歩いておったのか。 貴様には華撃団としての自覚や自制はないのか! レビュウの練習もあるのだぞ。」 肩で風を切って、彼女を横切る。 そう思って意思の鈍い体を動かすロベリアの腕を、彼女の手が掴んだ。 「聞いておるのか!」 コート越しにも伝わる強い力を、酔ったままでは振りほどけない。 ロベリアは仕方なく肩越しに振り返った。 覚めるような青い目がロベリアを睨んでいる。 「っせーな、まだ練習まで三時間あるだろ、なんとかなるよ。」 温い声はろくに飛ぶことなく、床にぼろぼろと落ちる。 「アンタも毎度毎度いちいち・・・ひまなんじゃねーの。」 どうにも目を開いていられない。 ロベリアは目を伏せ、やや俯いて額を掻いた。 「大丈夫なわけあるまい! なぜ、常に万全の状態で臨もうとしないのだ、ふざけているのか貴様は!」 彼女が一歩、ロベリアに踏み込んだ。 薄く開いた目で覗いたその動作に、頭の中で一音鳴った。 「てめぇはどうなんだよ、万全なのかよ。 その右足さぁ。」 息がアルコール臭い。 二日酔の約束された肉体は吐き気と共に思考を削ぎ落としていく。 右足、そう、右足の動かし方が、いつもと違う。 「あぁ、昨日のでどうかしたのか。」 ゆっくりと瞬きをすると、昨日のことが脳裏を流れる。 自分は戦闘には参加していないから、ただの推測だった。 目蓋が重い、右目を瞑ったままロベリアは彼女を見下ろした。 「仲間を助ける、名誉のための負傷だ。 私はこのために、レビュウや任務に支障はださん! 貴様とは違う。」 グリシーヌは明朗に言い放った。 相変わらずの説教臭さだ。 「意味わかんねぇ、名誉もくそもあるかよ。 てめぇのことに比べたら任務なんて他人事だろどうでもいい。 アンタひとりで勝手に命でもなんでも削ってろよ、うっとうしい。」 口からだらだらと零れた言葉の意味なんてもの、ロベリアはすぐに手放した。 拾ったグリシーヌの顔は歪む。 「そうやって何もかも受け流す、貴様の方が人生を無駄にしている。 わからないのか。」 グリシーヌが解き放った言葉がロベリアを貫く。 だが体には元から風穴が空いていて、その他の音声と同じように、彼女のことも擦り抜けさせた。 「てめーの考え押し付けんなよ、離せ。」 手首を捻っても彼女の手が緩まず、その眼差しが揺るがない。 怪我をしているであろう右足を横から蹴って転ばせたとき、 痛みに顔をしかめる彼女を見下ろして初めて腹が立った。 丁度、足が当たったそこが傷口だったのか、強くその傍を握るその両手に細い筋を浮かばせて、 床に座り込んだまま、グリシーヌはそれでもロベリアを見つめた。 「そなたは、なぜ。」 呟いた額に、ただかなしい影が差している。