紙面が日差しを浴びて真っ白く輝いている。 瞳の奥にそのまばゆさは焼き付き、エリカは目をしばたたいた。 瞼を閉じても、その輝きは焼き付いている。 暗闇に色を付けて、まるで多彩に。 それは今探している言葉に似ていて、それでも少し異なるような気がした。 「エリカ、あとはお前だけだぞ。」 ふ、と声が頭上から振った。 屋根裏部屋の幾分かすれた空気の中、舞う小さな埃が光を弾く、その時を止めた空気を汚さないで。 ただ元からその場にあったように自然と、彼女は立っていた。 深い緑色したコートが陽にあてられて、色を揮発させている。 「なんだか、改めて考えると難しくって。」 エリカはインクの乾いた万年筆の蓋を閉めた。 ロベリアはふーん、と気のない声を漏らして、木の窓枠に寄りかかった。 柔らかい髪がクリスマスも去った静かな巴里の街路を映している。 少し霞んでエリカには見えた。 彼女のなめらかな所作も、何もかも普段と変わりないはずなのに。 たぶん、自分の眼だけが変わってしまった。 「素直にいうなんて、得意そうじゃないか、エリカ。」 長い足を組んで、ロベリアは街を行く蒸気自動車を見下ろしている。 同じモンマルトルの丘を、違う窓から二人見下ろしていた。 「そうなんですけど、なんかうまくいかなくって!」 きっといつも通りの明るさで、同じ自分の形をその音は描いたはずだった。 だが、ロベリアはひび割れた眼鏡の向こうで、醒めた目を歪ませた。 「うそはやめろよ。 アタシに向かってさ。」 困ったような、中途半端な笑顔だった。 唇は不敵に弧を描くくせに、眉毛には妙に力が籠って笑いきれなくて。 「よくわかんないなら、一緒に考えるから、さ。」 ロベリアはそう言って、二つの足で立ち上がった。 歩いてくるその足元には明確な影が落ち、靴音は狭い屋根裏部屋に明朗に響いた。 紙面の引力か、彼女から放たれる斥力か、わからないままエリカは視線を手元に落とした。 インクの染み一つ作ることのできないままある紙面が、午後の陽光のもと燃えている。 ただエリカの瞳の奥でだけ。 「ありがとうございます。」 返事するうち、ロベリアは机の隣に立った。 二人、言葉を探す沈黙が満ちる。 息を詰まらせる見えない水が、埃の浮いた空気を飲み込む。 「今度は、一緒に歌うから、さ。」 ロベリアの眼差しが、部屋の中央に置かれた石炭ストーブに注がれていた。 それでも温まりきらない涼しい部屋の中に、彼女は声を紡いでいく。 エリカは、いつの間にか、ロベリアを見上げていた。 窓からの逆光に縁どられ、その微笑みには影が落ち。 「さみしいときは、歌うんだろう。 今度は、・・・・、今度は・・・一緒に。」 選び出したその言葉を託されてよぎった褪めた思いを、 隠したくても隠し切れないで、エリカは崩れた顔で笑った。 「きっとですよ。」 窓に映った自分たちの影がどちらも泣きそうで、 エリカはロベリアの顔を見ないでその首に腕をまわした。 ロベリアのやわらかな腕が、エリカの背を掻き抱く。 「きっと。」 星の落ちる音に似ている。