空は薄青く、夕暮れの足音を確かに聞いた。 その色づいた街並みの中を、金色の背中が歩いていく。 「おい、先に宿決めるぞ。 もう九時だ、これ以上遅くなると泊まるとこなくなるよ。」 ロベリアは雑踏に吸い込まれようとするその背を呼び止めた。広い通りを吹き抜ける日差しを浴びて、 彼女がステンドグラスのようにきらめいて見えた。金色のまつ毛に、暮れの浅葱色がかかっている。 「巴里の悪魔が、寝るところの心配をするのか?」 長い影がその足元から地面に伸びていた。ル・アーヴル、大西洋側最大の貿易港を擁する街は商人や船 乗りたちなど働く者の活気に満ちている。交易のために幅広く作られた通りで、蒸気自動車が六月の長い 一日の続きを走っていて、オープンテラスのカフェには酒を酌み交わす男たちの喧騒がある。同時に居並 ぶ衣料品や食料品店などは扉を閉ざし、もう眠りについているようだった。 昼と夜が混在する六月の日長に、二人は歪に立っていた。 「貴族が寝るところ気にしねぇのかよ。 その身なりで野宿なんて、死にたくなるほど後悔すると思うね。」 ロベリアは鎖をつけた右腕を前に突き出した、手のひらを夕焼けの迫る空に向けて。 「先に宿を見つけて、それから海に行けばいいだろう。 どうせ、明日にならないと巴里に戻る列車はないんだ。 時間はいくらでもある。」 グリシーヌの視線がロベリアから切れた。身を翻し、通りの向こうで見えない夕日に向かって歩き出す。 逆光で、背中が黒く焼け焦げている。 「ではそれはそなたに頼む。 私は海へ行く。」 寝る場所も、夜の訪れもどうでもいいと、その靴音が言っている。好きにしろよ、知らねぇぞ、口を開 いたがうまく音にならず、ロベリアは爪を立てて頭を掻いた。人ごみを押しのけて、その陽光に消えてい く背中を追った。