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 部屋の明かりに照らされて、雪が窓辺に現れる。帝国劇場の中庭に、真っ黒い夜から白い破片が降ってい
た。窓枠の下を覗き込むと、まだ昼の微かな熱を残した地面に触れて解けていく氷の欠片が見えた。
「和歌山はもっと温かいんだったな。」
 扉が開く音がした。濡れたように波打つ窓硝子に、男の姿が流れ込む。
「栃木はもっと寒いんだろう?
 見渡す限り田圃で風を遮る物もない、だったな。」
 加山がそう言って振り返ると、大神一郎は笑った。手にしていた見回り用のランプが机の端に置かれる。
「よく覚えてるな。
 軒下に鳩が何羽も寒そうに留まってると、同情したものさ。」
 分厚い檜で作られた支配人室の机の上は、紙片の一枚もなく綺麗に片付いている。大神は机を回ると、加
山の前に置かれている石炭ストーブの前に立った。隣に置かれたブリキのバケツには石炭が半ばまで詰まり、
鈍い光沢を放っていた。その上に載せられた火ばさみを取り上げると、蓋を開けた。
「紐育はきっと、こんなもんじゃないぞ。」
 背中の痛む、寒い夜だった。
 開いた石炭ストーブの扉から漏れる炎が照らす大神の横顔を、加山は壁に寄りかかったまま眺めた。大神
は石炭を二、三個拾い上げると、ダルマストーブに放り込む。
「まいったもんだ、俺は寒いのは得意じゃないんだがなぁ。」
 見回りの間もストーブを焚いていた室内は、立っていると顔がぼうっと熱くなる。加山は自分の耳を、未
だに冷たい指で掴んだ。窓から忍び込んで来る夜気は防ぎようもない。
「そう言わないで、頼むよ加山。
 お前が居てくれれば安心だから。」
 大神は眦をきゅっと細めて笑うと、石炭ストーブの扉を閉じた。